• 〈インタビュー〉門井慶喜さん 第153回直木賞候補作『東京帝大叡古教授』 “いま”を刺激する歴史ミステリーのおもしろさ

    2015年06月24日
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    日販 商品情報センター「新刊展望」編集部
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    美術、学術などをテーマにしたミステリーから歴史小説まで、幅広い作風で定評のある門井慶喜さん。本作は明治時代を舞台に、東京帝大の教授がスケールの大きな難事件を解決する『東京帝大叡古教授』。その作品と創作についてお話を聞いた。


    門井慶喜 かどい・よしのぶ
    1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。近著に『注文の多い美術館 美術探偵・神永美有』『こちら警視庁美術犯罪捜査班』『かまさん』『シュンスケ!』『ホテル・コンシェルジュ』などがある。

    東京帝大叡古教授
    著者:門井慶喜
    発売日:2015年03月
    発行所:小学館
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784093864084

     

    「叡古教授」誕生のきっかけ

    『東京帝大叡古教授』の主人公・宇野辺叡古は、政治学を研究する日本の最高学府の勅任教授であり、顔の下半分をひげで覆われた40代の貫録ある紳士。ぶっきら棒だが面倒見がよく、その叡智で殺人事件の真相も国の行く末も見通してしまう。そんな特徴的なキャラクターが生み出されたのは、編集者からの提案がきっかけだった。

    「ウンベルト・エーコのような実在の人物をモデルにした主人公で、ミステリーを書いてみませんかという案を編集者が持ってきてくれたんです。あにはからんや、その編集者も知らなかったことですが、私は実はウンベルト・エーコの大ファンでして、『薔薇の名前』をはじめとする小説から評論、学術書にいたるまで、日本語になっているものは全部読んでいます。それはむしろ私が思いつくべきだった。悔しかったなあ(笑)。こちらからひとつお願いしたのは、私がすでに『シュンスケ!』や『かまさん』など現代小説から歴史小説に移行している最中でしたので、過去に材を取った歴史ミステリーでやらせてほしいと。編集サイドにも異論はなく、最初から企画がスムーズに進んだ覚えがあります」

    ウンベルト・エーコ(1932年~)はイタリアの記号論哲学者、小説家、中世研究者、文芸評論家。ボローニャ大学教授、ケロッグ大学およびオックスフォード大学名誉会員。1980年に発表した小説『薔薇の名前』は、中世のある教会を舞台に、謎の連続殺人事件解明にのり出す中年僧と見習修道士の姿を描く、歴史ミステリーの傑作。

    「ウンベルト・エーコは存命の方ですが、住んでいらっしゃるのはイタリアと遠方だし、(キャラクター設定に使わせてもらっても)許してくださるかなと(笑)。その時には日露戦争時の東京帝大を舞台にしようと思っていたので、彼を明治時代に移して話を作ろうと決めていきました。エーコ自身が〈知の巨人〉ですから、設定は教授がいい。現代ではありえない事件を起こしつつ、せっかくなら明治という時代をまるごと扱いたい。政治家から庶民まですべての階級の人を登場させようという野心もありました」

     

    知識は楽しむためのもの

    叡古教授に会うため、熊本から上京した第五高等学校の学生・阿蘇藤太。待ち合わせ場所として指定された大学の図書館に出向いた藤太は、叡古教授の同僚である高梨力衛教授の死体を発見する。被害者と度々主張が対立していた叡古教授に代わり、事件の調査を申し出た藤太は、教授の指示で庶民の歓楽街・下谷竹町へと向かう。

    明治は、東京帝大の教授が最も政治に絡んでいった時代だ。日露戦争の直前に、東大などの教授7人が日露開戦論を主張する意見書を政府に提出した「帝大七博士」事件。本書はこの事件を下敷きに、戦中戦後の政治の裏側から当時の庶民の暮らしぶりや思いまでを時代の空気とともに写し出す。

    「物語は1905年に起こった日比谷焼打事件に向かって進んでいきますが、あれは日本の“外交的失敗”に対する民衆の暴動です。日露戦争に勝利したにも拘わらず、日本は賠償金も領土割譲も得られなかった。その結果に、大局的に見た成否は別にして、当時の民衆は不満を抱き暴徒化しました。この事件は日本の外交史上非常に大きな問題であるため、私が今回の作品で書きたかった国家的なテーマもいっそう鮮明になるのではないかと考えました」

    当時御用新聞と目されていた国民新聞社の社主・徳富蘇峰を叡古教授の幼馴染みに据え、原敬をはじめとする歴史を動かした実在の大物政治家たちも多く登場する。彼らと直に接し、碩学・叡古教授と行動を共にすることで、藤太は“生きた”政治を目の当たりにしていく。

    学問を究めるだけでなく、広範な知識で「毎日をゆたかにしている」叡古教授の助手を務めるうちに、藤太は「人はなぜ、学問をするのか」という切実で根本的な永遠の問いを抱く。

    「知識がなぜ大切なのかというと、知らないよりも知っているほうがこの広大な世界をひとつ征服したことになるし、だいいち楽しい。ただそれだけのことだと思うんです」

    「美術探偵・神永美有シリーズ」では美学・美術、『おさがしの本は』では図書館学・文学、そして『かまさん』『シュンスケ!』では歴史と、その博識ぶりを作品に生かしている門井さん。仕事場にしているマンションも、執筆スペース以外はすべて本で埋まっているのだそう。

    「私にとって本を読むことは遊ぶことと同じなので、楽しく読んでいるうちに自然と頭の中に残るものがあるという感じです。(そうして得た知識を)作品に入れるには、1ページでも多くの資料を読んで、1分でも長く考えて、少しでもたくさん文章を推敲するという正攻法しかない気がします。作者がよくわからないものを読者にわかってもらうのは無理ですし、そんなうまい話はない。十分理解してそのエッセンスだけを原稿に書いていくのが基本の作業です」

     

    違いは言葉か、数式か

    “天才法学者”が主人公の本作だが、「美術探偵・神永美有シリーズ」をはじめとして、門井さんはこれまでにもさまざまな“天才”を描いてきた。

    「天才も理解することは可能だと思っています。理系でも文系でも学術上の謎を解いていく過程は、それが正しい解決方法なら必ず論理的にできている。筋道が見えない状態で謎と謎解きの結果だけを見ると、第三者からは超絶的な能力に見えるということなのではないでしょうか」

    「学術上の謎を解く」という意味では、「理系も文系も、頭の働かせ方はそんなに違わないだろうと思います。私見ですが、論を立てるときに数式を使うのが理系、言葉を使うのが文系とおおざっぱに分けるくらいでいいのでは。それ以上のことを考えるから、理系対文系というような不毛な構図が生まれてしまう(笑)」。

    叡古教授は法学者といういわば文系の天才だが、作中では二進法という数を用いた方法で、娘に指示を出す無邪気(?)な一面も見られる。

    「いまでは電子機器での情報処理に欠かせない二進法ですが、当時は何の役にも立たないものと思われていました。歴史はその繰り返しです。のちに爆発的に普及するという結果を知っていて過去を見返すことで、現代では当たり前だと思っていることの価値を再確認することができる。それも歴史小説と時代小説だけが持つ楽しみなので、大切にしたいですね」

    「歴史は、現代的興味を持って見ないとおもしろくありません。私も自分の考えの刺激になったり、今現在の生活をゆたかにしてくれるものとして歴史の本を読んでいます。そういう観点から考えると、歴史小説も現代小説。現代を映した小説なんです」

    とはいえ「勉強のためでなく、楽しんでもらうことがあらゆる小説の基本」。事件の謎解きはもちろん、藤太の恋や成長、ラストに隠された驚嘆の仕掛けなどエンターテインメント小説としての読みごたえもたっぷり。叡古教授をはじめとする個性的なキャラクターたちとともに、社会・風俗・文化など、明治という時代をまるごと味わうことができるのも、知的好奇心を大いに満たしてくれる。

    「予備知識はまったくいらない小説なので、多くの方に手ぶらで来て楽しんでいただければうれしいですね」

    (2015年3月2日取材)
    (「新刊展望」2015年5月号より転載)

     

    近著紹介

    シュンスケ!
    著者:門井慶喜
    発売日:2013年03月
    発行所:角川書店
    価格:1,944円(税込)
    ISBNコード:9784041104132

    武士に憧れ、宰相を夢見た少年は、いかにして大志を叶えたのか。動乱の時代を駆け抜けた日本最初の首相・伊藤博文の青春。

    かまさん
    著者:門井慶喜
    発売日:2013年05月
    発行所:祥伝社
    価格:2,052円(税込)
    ISBNコード:9784396634094

    最強の軍艦・開陽で、箱館をオランダにする。勝海舟や土方歳三が敬愛し、黒田清隆らを魅了した榎本釜次郎武揚が夢見た理想の日本とは。

    注文の多い美術館
    著者:門井慶喜
    発売日:2014年11月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784163901701

    美術探偵・神永美有とワトソン役の美大准教授・佐々木の名コンビが活躍。隕石でつくられた“流星刀”、邪馬台国の“銀印”など、摩訶不思議なお宝が登場。

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