〈エッセイ〉馳星周さん 第153回直木賞候補作『アンタッチャブル』 コメディを書きたい

2015年06月22日
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日販 商品情報センター 「新刊展望」編集部
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馳星周 Seishu Hase
1965年、北海道生まれ。1996年、日本ミステリ界に衝撃を与えた『不夜城』でデビュー、吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞する。1998年、『鎮魂歌―不夜城Ⅱ―』で日本推理作家協会賞を受賞。1999年、『漂流街』で大藪春彦賞を受賞する。近著に『雪炎』『復活祭』などがある。

アンタッチャブル
著者:馳星周
発売日:2015年05月
発行所:毎日新聞出版
価格:1,998円(税込)
ISBNコード:9784620108148

コメディを書きたいと思った。

デビューからそろそろ二十年、一貫してシリアスなものばかり書き継いできたのだが、生来のお笑いへの志向がここ数年、顕著になってきた。

シリアスな物語のなかで、数カ所、わかる人にはわかる笑いをさらりと書き込んだりしてはきたのだが、それだけでは足りない、全然満足できないとうちなるわたしが叫びはじめた。

ならば、正面きってコメディを書いてやろうじゃないか。

警察小説が流行っていて、警察ものを書いてくれという依頼も多かった。だが、わたしは大の天の邪鬼なのだ。流行ってるものなんか書くもんか。この出版不況で収入も激減だが、武士は食わねど高楊枝、捜査一課の刑事を主人公にした物語など、死んでも書くものか。

しかしそれでも警察ものの依頼は多く、ならば、刑事ではない公安警察を舞台にお笑いを書いてやろう。そう決めたのだった。

泣かせるのは簡単だが(我々ぐらいのベテラン作家になれば、それはもう本当に簡単なので、「あなたの小説を読んで泣きました」などという感想は口にしない方がいい)、笑わせるのは何倍も難しい。

ノリで書くと決めたお笑い公安警察小説だが、実際に書くのはかなりの難行だった。物語の芯はシリアスに、だが、語り口はお笑いで。言うは易し、行うは難し。

わたしは天の邪鬼であると同時にうっかり者でもあるのだった。

長年の癖でついシリアスに書いてしまいがちな台詞や人物描写を、その度にお笑い方向にシフトさせて書き直す。前半はずっとそんな調子で、後半に入ってやっと歯車が噛み合ってきた。

そうなると、途端に書くのが楽しくなってくる。今度は、楽しすぎて筆が滑ることに注意して書き進めなければならなくなった。

かつてのわたしは「ノワール」という言葉に呪縛されていた。

おれは自覚的にノワールを書く日本でただひとりの作家だ。だから、とにかくノワールを書き続けなければならない。

しかし、四十代後半になって、その呪縛も和らいできた。コメディを書きたいという欲求もそうだし、最近では、初の山岳小説、初の歴史小説にも手を染めている。

その時書きたいものを、書きたいように書けばよいのだ。

小説家になって十五年を過ぎて、やっとそんな単純な事実に気づいたのだ。天の邪鬼のうっかり者としては妥当だろうか。

遠回りをしたということではなく、わたしという作家にはそれだけの時間が必要だったのだ。

ともあれ、わたしの入魂のコメディ公安警察小説、読者が笑ってくれれば、これ以上の幸せはない。

 


(「新刊展望」2015年7月号「まえがき あとがき」より転載)

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