• 直6米澤穂信

    米澤穂信さんが考える「本を読むこと」 ―特集:本と、ともに③

    2016年12月29日
    楽しむ
    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
    Pocket

    果てしなく、豊かに広がる本の世界。せっかくなら、自由に、心のままに味わいたい。特集「本と、ともに」では、そんな「本を読むこと」の楽しみを作品にもたっぷり詰め込んだ著者たちにご登場いただき、本と読書の魅力についてインタビューとエッセイでお届けします。

    第3弾にご登場いただくのは、映画化も決定した大人気「古典部」シリーズの最新作『いまさら翼といわれても』が発売中の米澤穂信さん。「本を読むこと」への真摯な思いがつまったエッセイです。

    いまさら翼といわれても
    著者:米澤穂信
    発売日:2016年11月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,598円(税込)
    ISBNコード:9784041047613

    特集「本と、ともに」
    第1弾:住野よるさんインタビュー「文字だからこそ寄り添える」
    第2弾:大崎梢さんエッセイ「あれから十数年」

     

    誰も辿りつけない図書館で

    本を読むことについて考えるなら、まず前提としてはっきりさせなくてはならないのは、それが小説を読む行為のみを言うのか、それとも広く本一般を読むことを言うのかということだ。ふだん小説を書く仕事をしていると本イコール小説と短絡しがちだが、もちろんそれは誤りで、実用書、学習参考書、児童書、雑誌、漫画に至るまで全て本であるし、本の形をしていない電子書籍などについても、この際、本のうちに入れても構わないと思う。

    さてそうして本という言葉を広く捉え、もって読書について考えるとき、古い問いが思い浮かぶ。

    誰もいない森の中で木が倒れたとき、その木は音を立てただろうか、という思考実験だ。もちろん物理的な現象としては音は鳴ったに違いないが、それを誰も聞かなかったとき、音は鳴らなかったのと同じではないか?

    本の話に喩え直してみる。世界のどこか、誰も到達できない場所にバベルの図書館が建っていて、そこにはこの世の本が全て収められている(ついでに水と食べ物もある)。図書館の上空を飛んでいた飛行機から、悲劇的な事故で一人の子供が落ちてくる。彼もしくは彼女は字を読めたし本が大好きだったので、バベルの図書館の読者となり、万巻の書を読んでいき、やがて誰にも会わないまま年老いて死んでいく。最後に手にしていた蝋燭が倒れ、壮麗な図書館は焼け落ちてしまう。

    この時、この読者は何かを読んだと言えるだろうか?

    読んだのだ、と言いたい気持ちはある。本を読むことで誰かと経験を共有したとか、高度な知識を身につけたとか、人間性の涵養に役立ったとか、そうしたことは全て瑣末で取るに足らないことであり、読書はそれ自体が純粋に尊いことだ、と言い切る潔さを自分も持ちたいと思う。けれど、やはりためらってしまう。――バベルの図書館の読者は、客観的には存在しないも同然だと言えるだろうから、その読書もやはり無価値なのではないか。いやしかし、その読者は、主観的には幸福な人生を送ったと言えるのではないか?

    つまり、読書という行為をどう捉えるかは、ここに来て二択へと分岐する。一方は、自分の一生を懸けても到達し得ない知見に自ら望んで思う存分耽溺した以上、それは幸せであり意味があったのだとする立場。もう一方は、いくら世界中の書を読み尽くしたとしても、それをなにかの形でまとめ上げて後世に遺すなり誰かにその知見を伝えるなりしなければ、それは空虚な行為なのだとする立場だ。

    どちらも間違いではないだろう。本を友に毎日を幸せのうちに送り、最後に「ああ、面白かった」と笑って死ぬのも人生だし、読書を糧にひたすら刻苦精励し、死後に「あのひとがいたから今日がある」と言われるのも人生だ。その軽重を決める気にはならない。

    ただいずれの立場を取るにしても、優れた本に出会い、時間も空腹も、これがなんの役に立つのかという疑問も忘れてひたすらに読み耽ることの楽しさ、すばらしさは変わらない。私自身は、自分の仕事に役立てるために本を読んでいると言わざるを得ないけれど、バベルの図書館の彼もしくは彼女のことは、やっぱりちょっと羨ましいと思うのだ。

    直6米澤穂信

    米澤穂信 Honobu Yonezawa
    1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞しデビュー。2011年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年『満願』で第27回山本周五郎賞受賞。『満願』『王とサーカス』はそれぞれ3つの年間ミステリ・ランキングで1位となり、史上初の2年連続3冠を達成した。他著書多数。

    あわせて読みたい:
    「素敵な場所、あるいは売書稼業」 ミステリーランキング3冠連覇の米澤穂信さんが綴る「本屋」考
    〈インタビュー〉米澤穂信さん『王とサーカス』 新作はあの人気シリーズの〈新たなる正編〉!

    さよなら妖精 新装版
    著者:米澤穂信
    発売日:2016年10月
    発行所:東京創元社
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784488027681
    王とサーカス
    著者:米澤穂信
    発売日:2015年07月
    発行所:東京創元社
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784488027513
    満願
    著者:米澤穂信
    発売日:2014年03月
    発行所:新潮社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784103014744

    (「新刊展望」2017年1月号より転載)

    common_banner_tenbo

    タグ
    Pocket

  • GoogleAd:SP記事下




  • GoogleAd:007



  • 関連記事

    ページの先頭に戻る