• 「名古屋闇サイト殺人事件」被害者の孤独な闘いを忘れないために:大崎善生さん『いつかの夏』インタビュー

    2016年12月21日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当 猪越
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    2007年、夏。闇サイトを通じて集まった3人の男たちに帰宅途中の女性が襲われ、惨殺された名古屋闇サイト殺人事件。大崎善生さんの新刊『いつかの夏』は、この事件の被害者である磯谷利恵さんとその母・富美子さんの人生を辿りながら、事件に迫るノンフィクションだ。

    いつかの夏
    著者:大崎善生
    発売日:2016年11月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784041025222

    長く将棋界に関わってきた大崎さん。発生当時、事件の残忍さに報道を通して注目はしていたが、利恵さんのことを「本に残さなければ」と思ったきっかけは、彼女が囲碁を学んでいたのを知ったからだ。「30歳になった女性が、囲碁や将棋を始めるには勇気がいる。特に囲碁はルールが難しいし、碁会所は男社会。それを囲碁カフェに通って真摯に取り組んでいたという人柄に引き込まれました」

    取材を始めたのは2013年。約1年にわたり、月1回名古屋に足を運んで母・富美子さんに話を聞いた。

    「実際にお会いしてみると平均的な日本の方で、私とも同じような感覚の持ち主。夫を早くに亡くし、母一人子一人で生きてきた普通の母娘が、とんでもない事件に遭ったのだと教えられました」

    「書きたかったのはそんな母娘の絆と、2人が引き裂かれてしまった悲劇」だが、その原因となった事件はあまりにも酷く惨たらしい。金に困った凶漢3人は、金銭を奪う目的で見ず知らずの利恵さんを拉致。夢を守り、必死に生きようとする彼女の命を、いとも簡単に、無慈悲に奪っていく。その中において彼女が遺した「2960」という最期のメッセージ。そこには何が込められていたのか。

    「私のノンフィクションはこれまで個人の感覚を軸にする傾向にありましたが、今回は事件が事件だし、時間が経っていることもあって、なるべくフラットに捉えたかった。犯行のことは何度も書かざるをえないのですが、俯瞰的に見る視線がなければ書けないほどきついものがありました」

    それでも大崎さんを執筆に向かわせたのは、「(事件に巻き込まれてからの)利恵さんの最期2時間の頑張りは、誰かが書き残す義務があるのでは」という思い。「彼女の孤独な闘いを葬り去ってはいけないという気持ちはいまも変わりません」

    本作は、同時に母・富美子さんの闘いの記録でもある。富美子さんは娘の無念を晴らすため、犯人たちの極刑嘆願の署名活動を始め、33万人の署名を集めるが、裁判では1人の死刑、2人の無期懲役が確定する。

    「裁判や司法のことを調べていくと、一般常識とかけ離れていることにびっくりした」と語る大崎さん。本書では裁判の過程とその不条理さについても触れられている。そして取材を終えたのちに事態は再び動き出す。利恵さんの事件が犯人の余罪を明らかにし、その裁判はいまも進行中なのだ。

    事件から9年を経て書き上げられた、母娘の愛と闘いの物語。その壮絶さ、暴力に負けない勇気と尊厳が、読む者の心に深く刻み込まれる一冊だ。


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    大崎善生 Yoshio Osaki
    1957年、北海道札幌市生まれ。日本将棋連盟に就職。「将棋世界」編集長を経て、2000年、将棋棋士・村山聖の生涯を追ったノンフィクション小説『聖の青春』でデビュー、新潮学芸賞を受賞。同作は2016年映画化され、11月公開。以後、『将棋の子』で講談社ノンフィクション賞、『パイロットフィッシュ』で吉川英治文学新人賞を受賞。他のノンフィクションに『ドナウよ、静かに流れよ』『赦す人』、小説に『ロストデイズ』『さようなら、僕のスウィニー』など。


    (「新刊展望」2017年1月号「著者とその本」より転載)

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