%e5%86%b2%e6%96%b9%e4%b8%81%e3%81%ae%e3%81%93%e3%81%a1%e7%95%99%ef%bc%94c

〈書評〉人の業とは、こんなにも哀切で苦しいものなのか  文・東 えりか

2016年11月17日
楽しむ
日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
Pocket

虚構が現実の顔をして、独り歩きするのは往々にしてあることだ。過激なマスコミ報道や専門家の偏った見識に一般大衆は左右されやすい。真実を見極めるのは難しい。だからこそ、多くの意見を聞く耳を持たねばならないと思う。

超売れっ子の作家、冲方丁がイベント会場から連行され、妻に対するDVの容疑で逮捕されたのは2015年8月22日のことだ。スキャンダラスな憶測がしばらく飛び交っていたが、留置場に9日間閉じ込められたのち釈放、不起訴処分となり無罪放免となった。

冲方丁のこち留』はこの間の経緯と自らの経験、そして警察、検察、裁判所の不条理について余すことなく書き尽くしている。それは本人が「笑うしかないな」というほどの不思議な世界だった。

1年経った今だから、冷静に語れることだろう。だが、その当時の困惑と混乱は相当のものだったと想像できる。ただ、幸いなことに彼は小説家で、何でも取材してやろうという気力もあった。事の経緯を冷静に観察し、対応をチョイスし、専門家の判断を忠実に実行していく。その上で、いまの日本の司法が、一般人が思っているより滅茶苦茶で信用できないものであることを示していく。

有名人が逮捕されると警察は浮かれるらしい。取り調べ官が思わず言った「マスコミは警察の御用聞きみたいなもの」とは聞き捨てならない。少し前に強姦致傷で逮捕されながら不起訴になった若手俳優のことが頭をよぎる。あの逮捕劇は何だったのか。改めて大きな疑問を持った。

冲方丁のこち留
著者:冲方丁
発売日:2016年08月
発行所:集英社インターナショナル
価格:1,296円(税込)
ISBNコード:9784797673319

島尾敏雄『死の棘』は日本の私小説の中で屈指の名作だと言われている。虚実入り混じったスキャンダラスな内容は、後に映画にもなるほど、人々の心を捉えた。男と女、夫婦の愛とは何か。文学的な考察は数多く行われている。

狂うひと』はノンフィクション作家の梯久美子がこの作品の一方のヒロイン、島尾ミホの生涯を、事実を積み重ねて描いた作品だ。

梯が評伝を書きたいと、ミホ本人に取材依頼をして快諾された4回目のインタビューの折、『死の棘』の冒頭、彼女が精神の均衡を失った経緯の真相を語りはじめた。すべての発端になる部分、それは小説をはるかに凌駕する壮絶なものだった。小説の中で執拗に繰り返される夫への詰問と束縛。その端緒がなにか、当事者が告白したのだ。梯は懸命にノートに書きとる。

だがその後、ミホの強い意志で取材は中断されてしまう。一旦は諦めた評伝執筆はミホの死後、息子の許可を得て再開された。それは島尾家に残された膨大なメモや遺品を時系列に並べ、小説と突き合わせ、関係者から話を照らし合わせるという気の遠くなるような作業だった。

そこから浮かび上がってきた事実は、小説より奇怪なものだった。ミホの心の底に沈殿していた感情が、白日の下に晒されていく。妻から見た『死の棘』はどこに刺さっていたのか。最後の1行を読んで、私はごくりと喉を鳴らした。

狂うひと
著者:梯久美子
発売日:2016年10月
発行所:新潮社
価格:3,240円(税込)
ISBNコード:9784104774029

福本千夏は1962年に脳性まひアテトーゼ型で生まれた。いつもどこか不随意運動をしているが、旺盛な好奇心と茶目っ気はたっぷりで行動的だ。25歳で親の反対を押し切って4つ年上の健常者と結婚しひとり息子にも恵まれた。だが頼りの夫が癌で亡くなる。彼の死を受け入れられない絶望の日々は永遠に続くかに思えた。

千夏ちゃんが行く』は今まであまり語られていない中高年の障害者の性と生活をありのままに語っていく。彼女の心を癒したのは23歳の無口な青年鍼灸師だった。彼の手が千夏ちゃんを暗闇からすこしずつ引っ張り出した。

リオのパラリンピックを見て、障害者に対する考えを変えた人は多いだろう。それと同じように、千夏ちゃんの心のリハビリに、私は元気づけられた。あたりまえのことだけど、人は助け、助けられて生きているのだ。

千夏ちゃんが行く
著者:福本千夏
発売日:2016年07月
発行所:飛鳥新社
価格:1,400円(税込)
ISBNコード:9784864104913

(「新刊展望」2016年12月号 「おもしろ本スクランブル」より転載)

common_banner_tenbo

Pocket

タグ
  • ほんのひきだし公式Instagram

    ほんのひきだし公式Instagram
  • 関連記事

    ページの先頭に戻る