〈インタビュー〉窪美澄さん『さよなら、ニルヴァーナ』 「少年A」をめぐる女性たちの物語

2015年06月15日
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日販 商品情報センター 「新刊展望」編集部
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14歳の時に、8歳の女児を殺害し、その頭部を教会の前に置いた少年A。その少年にどうしようもなく惹かれ、日本のどこかでひっそりと暮らす彼を探す少女・莢(さや)。ふとしたきっかけで莢と知り合い、その姿に亡き娘を重ね合わせていく被害者の母親。引き寄せ合うようにつながっていく彼らを、輪の外から傍観するしかない作家志望の女・今日子。『さよなら、ニルヴァーナ』は、神戸連続児童殺傷事件を題材に、カルト教団や2度の大震災を絡ませ、人間の深奥をえぐる物語だ。

さよなら、ニルヴァーナ
著者:窪美澄
発売日:2015年05月
発行所:文藝春秋
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784163902562

作品のきっかけとなったのは、窪さんが作家デビューした2010年に、週刊誌出身の編集者から聞いた「事件現場の景色」。

「阪神大震災、地下鉄サリン事件の起こった95年は、日本の変わり目だったのではないか、という話をされて。その編集者は97年の神戸の事件も実際に取材しています。ごく普通の静かな住宅街で、犯行が行われたタンク山の周りだけ緑が色濃く繁茂している。語られたその風景を書いてみたいという思いがまずありました」

2011年の東日本大震災の時には、日々目にする映像に、「禍々しい、普段目を向けていないものが現れてくるような感覚に囚われた」。そこから想起したのは、阪神大震災を体験している少年Aのこと。「人知を超えたものを見てしまうと、人は心の中に大きな転換が起こるのではないでしょうか。同情はしていないけれど、おそらく少年Aの心の中にも」

「振り返ってみれば90年代を総括した物語」。無慈悲な自然の脅威に対する憤りや、世紀末を覆う不安感の中、救いを求めてすがった「神」は、必ずしも幸福には導いてくれない。母親とカルト教団で過ごすうちに、少年Aが見つけた自分だけの「神さま」のように。

一方、子の人生を左右する母という存在も、子にとっては「神」なのではないかと窪さんは言う。「(いまだ父性が欠如する)世の中の病理は、強い力を振るう母と子の関係に起因しているのでは」。母に翻弄される登場人物4人の姿は、その象徴でもある。

「小説だからこそ、現実の世界ではありえないことを書いた」という本作。作家志望の今日子もあくまでもキャラクターの一人だが、自身の「ものを書かざるを得ない因果」を託した存在だ。物語を書かせるのは「人が奥底に隠している感情を見たい」という思い。描かれるのは、自分ではどうしようもない重荷を背負った人間たちの「中身」だ。

「〈こんなことを考えたらいけないのではないか〉という、人には言えないことを意識して書いています。たとえば家族や友人に対して、思ってはいても出せない気持ち。その煮詰まっている感情を私の本が肩代わりして、読者が前に進めると思ってくれたらうれしいですね」。窪さん自身もそうして本に助けられてきた。たとえそれがやりきれない物語であっても、読後、踏み出す背中をそっと支えてくれる。窪作品の魅力の源はここにある。

 


窪 美澄
1965年、東京都生まれ。短大中退後、広告制作会社、フリーの編集ライターを経て、2009年、「ミクマリ」で第八回女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞しデビュー。2011年、受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を受賞、本屋大賞第2位に選ばれた。2012年、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。その他の著書に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨のなまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』などがある。


(「新刊展望」2015年7月号「著者とその本」より転載)

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