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書店員のみなさん、領収証の但書は「書籍代」「本代」どちらですか?津村記久子さん書店エッセイ

2016年11月29日
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日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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芥川賞作家、津村記久子さん。川端康成文学賞受賞作「給水塔と亀」も収録された短編集『浮遊霊ブラジル』が絶賛発売中です。その鋭い観察眼と絶妙のユーモアセンスが素敵な津村記久子さんに、本屋さんにまつわるエッセイをお寄せいただきました。特に書店員のみなさん、必見ですよ!
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つむら・きくこ。1978年大阪府生まれ。2005年「マンイーター」(『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞を受賞しデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞、2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で第28回織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で第39回川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。その他著書多数。

 

「ほん」と「しょせき」の間 津村記久子

本屋さんに関する初めての記憶は、幼稚園に通っていた頃、母親に、自宅の最寄り駅の百貨店の「しょせきうりば」に連れていってもらったことだったと思う。「ほん」ではなくて「しょせき」である。町の本屋さんは「ほん」なのに、百貨店に行くと「しょせき」になることは、わたしには謎だったのだが、母親は百貨店では必ず、「しょせきうりばはどこですか?」とたずねていた。わたしは、それに接しているうちに、百貨店で「ほん」は「しょせき」という名前に化けるのだと考え、母親以外の、たとえば祖母と百貨店に行くと、「しょせきうりばはどこですか?」と率先してたずねるようになった。

「しょせきうりば」に連れて行ってもらったわたしは、こんどは「でんきはどこですか?」とたずねていた。電気ではない。伝記である。同じ言葉なのに、イントネーションの違いだけで意味が離れすぎているし、電気の方が圧倒的に使う言葉だったので、「でんきはどこですか?」と口にするのに苦心した覚えがある。「でんき」の場所については書店員さんにたずねるしかなかったのだと思う。絵本なら一目瞭然だけれども、「でんき」は、幼稚園児からしたらちょっと奥まった棚の高いところにあって、目が届きにくい。しかしわたしは「しょせきうりば」で「でんき」を買ってもらいたかったので、言い慣れない二つの言葉を駆使して、売り場を案内してもらっていた。

最初に読んだ絵本ではない文字主体の本は、キュリー夫人の伝記だった。母親はわたしを、「しょせきうりば」の「でんき」のコーナーに連れて行き、「どの本が欲しい?」とたずねたのだった。そんなことを言われたって、「でんき」で取り上げられる人たちについては男か女かぐらいしか違いがわからなかったので、じゃあ女の人のやつ、ということでキュリー夫人の本を買ってもらったのだと思う。母親はとにかく、わたしに「でんき」を読ませたかったらしく、わたしも、文字主体の本に関しては今はそういうものなのだと思いこんで、ヘレン・ケラーやナイチンゲールの本を買ってもらって読んでいた。ナイチンゲールに関しては、今も関連書籍を買ったりするのだが、とはいえ、女の人の本ばかりではなくて、もっといろいろな人の伝記を読めばよかったと思う。伝記は、非常に具体的な、他者の誕生から死までにふれる貴重な機会だったのである。伝記のせいで、その後のわたしは、物語の作者であっても必ず享年をチェックする変な子供になった。「バーネット夫人は七十四歳で亡くなったのか、比較的早いなあ」とか何なんだその所感は。

そして、自分で自分の欲しい本を探せるようになり、「本」を「書籍」と言うこともほとんどなくなったのち、ここ数年再びわたしは、「しょせき」と口にすることが増えてきた。本屋さんで本を買う時に、税務のために領収証をもらう際、買ったものの内容に関して「『書籍代』じゃなくて『本代』でいいです」と言うようになったのだ。なにしろ、「書籍」と「本」では画数がぜんぜん違う。自分に関して言うと、「籍」という字を思い出せないことだってある。なので、お会計をしてくれる書店員さんにはだいたい、「『本代』でいいです」と言うようにしている。領収証を出してもらうだけでもなんだか手間をかけているのに、「書籍」と書いてもらおうなんてちょっと手間をかけてもらいすぎに思うからなのだが、書店員さんは、ちょっときょとんとしたような顔をされることがある。それでわたしはさらに恐縮して、「あの、『本』でけっこうです、本当に」と言い直す。わたしは気を遣って「本」を強調しているつもりなのですが、本当のところは「書籍」のままの方が機械的に書けるので良かったりするのでしょうか? 子供の頃も今も、「ほん」と「しょせき」の間に横たわる思惑は深い。

【著者の新刊】

浮遊霊ブラジル
著者:津村記久子
発売日:2016年10月
発行所:文藝春秋
価格:1,404円(税込)
ISBNコード:9784163905426

初の海外旅行を前に急逝した私。幽霊となり念願の地を目指すが、なぜかブラジルに…。卓抜なユーモアと鋭い人間観察、リズミカルな文章と意表を突く展開。表題作他、川端賞受賞作「給水塔と亀」を含む会心の短篇集。

(日販MARCより)


(「日販通信」2016年11月号「書店との出合い」より転載)

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