• 〈書評〉日本文化の神髄に迫る三作  文・末國善己

    2016年10月20日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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    今年、東京都美術館で開催された「生誕300年記念 若冲展」は大盛況で、入館までの長い待ち時間も話題となった。河治和香『遊戯神通(ゆげじんづう)伊藤若冲』は、若冲の生涯と秘密に迫っている。

    セントルイス万博に、日本郵船が出展した「若冲の間」が好評を得た1904年。京の図案家・神坂雪佳は、若冲の末裔・玉菜から、晩年の若冲と暮らした美以を知る祖母の極子を紹介され、若冲の話を聞く。

    若冲の実家で、京でも屈指の青物問屋・枡源は、若冲の弟の白歳が取り仕切り、年の離れたもう一人の弟・宗右衛門を養子にして、店を継がせることになっていた。

    著者は、枡源の複雑な家庭環境や、若冲が長崎で絵を学び、霊獣ユニコーン(正しくは鯨のイッカク)の角に獅子を刻印した落款印を使うなど、異国文化に興味を持っていた事実を踏まえながら、なぜ若冲が奇抜な構図と細密な描写の絵を描き、なぜ日本より早く海外で認められ、いまなお評価が高いのか、その謎を解き明かしていく。この仮説には、実際の若冲は作中で描かれたような人物だったのではと思わせる説得力がある。

    澤田瞳子『若冲』とは異なるアプローチで若冲に挑んでいるので、読み比べてみるのも一興だ。

    遊戯神通伊藤若冲
    著者:河治和香
    発売日:2016年09月
    発行所:小学館
    価格:1,782円(税込)
    ISBNコード:9784093864466
    若冲
    著者:澤田瞳子
    発売日:2015年04月
    発行所:文藝春秋
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784163902494

    江戸の料亭・八百善を作った善四郎を描く松井今朝子『料理通異聞』は、読むだけで美味しい料理を味わった気分になれるだろう。

    善四郎は、浅草新鳥越町にある精進料理の店・福田屋の長男として生まれた。相次ぐ天変地異による混乱、寛政の改革がもたらした社会の閉塞感をものともせず、善四郎が料理の幅を広げ、おもてなしを工夫をしながら実家を江戸随一の料亭に育てる展開は、本当に痛快だ。これに善四郎の恋、大田南畝、酒井抱一らとの交流を描く文人小説、『吉原手引草』で直木賞を受賞した著者らしく遊里小説の要素も加わっているので、どのジャンルが好きでも楽しめる。

    善四郎が書いた日本初の本格的なレシピ集『料理通』は、南畝や亀田鵬斎が序文を寄せ、抱一、谷文晁、葛飾北斎らが挿絵を描いている。一流の文人墨客と交流し、料理を文化にまで高めた善四郎は、ユネスコの無形文化遺産に登録された和食の源流の一つを作ったといっても過言ではない。善四郎が『料理通』を執筆した動機が、食べると消える料理を、絵や戯作のように後世に残したいと考えた結果だったとの解釈も興味深かった。

    善四郎は、料理に難しいコツや技はないが、少しの手数が仕上がりを変えるので手間暇を惜しんではならないとしている。損得より誠意を重んじた善四郎の信念は、すべての仕事の本質といえる。

    料理通異聞
    著者:松井今朝子
    発売日:2016年09月
    発行所:幻冬舎
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784344029927

    植物を題材にした歴史時代小説を得意としている朝井まかて『落陽』は、明治神宮の周辺に森を造る壮大な計画を描いている。

    明治天皇が崩御すると、東京の財界人が、天皇を祀る神宮を東京に造る運動を始めた。帝大農科大学の講師・本郷高徳は、東京では神宮林に必要な針葉樹が育たないとして反対するが、政府は東京に神宮を建設することを決める。

    いち早く取材を開始した三流紙の記者・瀬尾亮一は、本郷ら帝大の林学者が、不利を克服し、永遠に続く人工林を造る方法を模索している事実を摑む。挫折を経験し、記者の使命を忘れかけていた亮一は、本郷の情熱に触れ、明治とはどんな時代だったのか、明治天皇の果たした役割とは何かまでを突き詰めて考えるようになる。

    やがて亮一は、西洋の文化がもてはやされ、日本の伝統が否定された時代に、明治天皇は、新しい文化を受け入れつつも残すべき伝統を守ったことを知る。これはドイツで学んだ本郷が、その知識で神宮林を造るプロセスと重ねられている。その意味で本書は、伝統と改革の関係という古くて新しいテーマを掘り下げているのである。

    落陽
    著者:朝井まかて
    発売日:2016年07月
    発行所:祥伝社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784396635022

    (「新刊展望」2016年11月号 「おもしろ本スクランブル」より転載)

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