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新直木賞作家・荻原浩さんインタビュー:受賞第一作『ストロベリーライフ』は甘くて酸っぱい苺味

2016年10月17日
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日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当 猪越
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『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞した荻原浩さん。受賞第1作となる『ストロベリーライフ』は、その名の通り苺農家を舞台に、農業のこと、家族のこと、仕事のこと、そして何より人生を楽しむことを描いた長編小説だ。荻原さんの実感も大いに込められた本作について、お話を聞いた。

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おしゃれな苺と農家のギャップ

『ストロベリーライフ』の舞台は、間近に雄大な富士山を望む静岡県の苺農家。東京でグラフィックデザイナーをしている主人公・望月恵介は、父親が倒れたことをきっかけに、実家の苺栽培を手伝わざるを得ない状況になる。「農業はかっこ悪い」と家を出た恵介にとって、作業は慣れない、わからないことばかり。しかし、父のノートやマニュアル本を頼りに苺作りにのめり込んでいくうちに、今度は東京にいる妻・美月との関係がぎくしゃくしはじめて――。

ストロベリーライフ
著者:荻原浩
発売日:2016年10月
発行所:毎日新聞出版
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784620108230

荻原さんは農業をテーマに作品を書いた理由をこう語る。

「農業については、たとえば自給率が40パーセントを切ったとか、TPPで外国産の作物が入ってきて大丈夫かとか、食の安全は平気なのかといろいろなことが言われていますが、僕も含めてみんな現場のことはあまり知らないのではないかなと。垣間見る程度かもしれないけれど、実際のところを見に行って、それで何か書いてみようかなと思ったんです」

とはいえ全くの未経験というわけではなく、荻原さんの趣味は「家庭菜園」。きゅうりをはじめトマトやとうもろこしなどさまざまな野菜を育てた体験が、作品にも生かされている。

「農家に比べたら遊びの域ですが、結構気づくことがあるんです。たとえばきゅうりを育てるとなかなかまっすぐにならないのに、スーパーのきゅうりはあんなにきれいにまっすぐ。どんな作物でも、特に豆類は必ず虫がつくのに、売っているもので虫が食っていることはまずないですよね。それはなぜだろうと素朴な疑問がありました」

苺農家にしたのは、「農家のことを伝えるのに一番わかりやすいのでは」と思ったから。昔はクリスマスケーキには乾燥物や冷凍物の苺が使われていたが、需要に合わせ、ハウス栽培が盛んになったいまでは冬場が出荷の最盛期。それに合わせて栽培方法や品種、設備も改良が重ねられてきた。育てる農家も「特定の野菜のプロフェッショナル」ではなく、違う作物を植えたり、もっと儲かる作物に切り替えたり。苺農家である親戚や観光農園を取材した荻原さんから見ても、恵介が説明書を読みながら試行錯誤する姿と実像は「あまり変わらない感じ」。「苺はデザートにも使われるおしゃれな食べ物だけど、農家の平均年齢は65歳くらいで実は田舎のおじいちゃん、おばあちゃんが作っている。そのギャップを物語のフックにしようと考えました」

朝から晩まで土にまみれ、毎日の作業は「腰を痛めてあたりまえ」の過酷さ。高齢化の波は農家にも押し寄せ、「若手といっても40代だったりする。それは苺だけの問題ではなくて、この先どんな作物でも課題になってくるのではないか。日本の農業を、食の安全を守れと口でいうのは簡単だけれど、実際に誰が、どうするのか」。それは作中でしばしば投げかけられる疑問でもある。

 

兼業だからできること

主人公の恵介は、東京の広告代理店に勤めたのちフリーのグラフィックデザイナーとして独立したが、鳴らない電話にため息をつく日々。妻の美月は家計を助けるためにパート勤めをしているが、元は手のパーツモデルという経歴の持ち主だ。美月の職業はとても農業向きとはいえないけれど、この二人の経歴も彼らの人生と物語を動かすキーとなっていく。

「(その後の展開を)最初から考えていたわけではないんです。ただ単純に農業を嫌って地元から出ていく人間はどんな人だろう、普段肉体労働をしていない、最も農家と縁遠い仕事はなんだろうと考えたときに、“カタカナ”の職業が浮かんで。僕もフリーでコピーライターをやっていたので知っている世界だし、グラフィックデザイナーを主人公にして書いているうちに、彼だからこそできることがあるなと気が付いた。冒頭の〈フリーになってみたものの〉という気持ちも実感を込めています(笑)」

「読む人に、こいつらには(農業は)無理だろうと最初に思ってもらう」こともあらかじめ意図したこと。「農業は農家の息子、特に長男が継げばいいというのではなくて、みんなでやればいい。兼業農家が多いと問題になっているようですが、兼業でもいいのではないか、むしろそれならできるのではないかと考えた」という。

恵介は4人姉弟の末っ子で長男。37歳にしていまだに姉たちに頭が上がらない。それまで誰も継ぐ気のなかった家業だが、「ド素人」で「しがらみがない」からこそ新たな試みに挑戦する恵介の姿に触発されて、姉やその家族たちも自分のキャリアを生かして農園に関わるようになる。地元に根差して苺作りを続けてきた元同級生・ガスも経験のない恵介にとって欠かせない存在だ。

「ガスやIT関係の会社を経営する姉の夫など、登場人物も書き始めた時は実はどんな人かわからないままでした。ゆくゆくはITやインターネットの力を借りれば(彼らの苺栽培も)なんとかなるのではという見通しのもと、役を配しておきました」

本作は恵介と妻の美月、双方の視点で物語が紡がれていく。父親の育てた“本物の苺”の味に心を動かされ、継ぐつもりはないといいながらも農業にやりがいを見いだしていく恵介。一方の美月は恵介の変化に戸惑いを覚え、自らの生き方について考え始める。

「奥さんと子どもを持つ人間が実家の農業を継ぐというのはどういうことなのか。それまで他の仕事に就いていた場合、奥さんには奥さんの、旦那さんには旦那さんの言い分があるはず。自分の中で両方の立場をフェアに戦わせようと考えました。夫婦のどちらかが農業をやったら、もう一人もやらなきゃいけないということはないと思うんです。見ていると農家の奥さんは本当に大変。一見旦那さんのほうが働いているようだけれど、肝心の収穫や家のことなど全部奥さんがやっている。そこもなんとかしていかないと。僕が書いたことでなんとかなるとは思えないけれど、小石ぐらいは投じられるのではないかと思っています」

 

人間関係に流れる時間

離れて暮らす恵介と美月の思いはすれ違ったまま。栽培方法や農園の運営についてしばしばぶつかる父親や、個性豊かな姉たちとその連れ合いなど、父親の病気をきっかけに集った大所帯には煩わしさもある。それでも苺を通して家族が新たな方向でつながっていく姿も本作の読みどころのひとつ。直木賞を受賞した『海の見える理髪店』も「家族小説集」と銘打たれているが、どちらもことさら家族を意識して執筆しているわけではないという。

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