• 石田千さんが綴る、『月と菓子パン』と中川六平さんと書店まわりのこと

    2015年06月16日
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    日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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    石田千さん石田 千
    いしだ・せん。1968年福島県生まれ。東京育ち。國學院大學文学部卒。2001年、「大踏切書店のこと」で第1回古本小説大賞を受賞。2011年「あめりかむら」、2012年『きなりの雲』が芥川賞候補となる。おもな著書に『夜明けのラジオ』『きつねの遠足』『もじ笑う』など。

     

    足で売る  石田 千

    さいしょの本が出てから、十年ほどすぎた。ひとむかしまえの夏の夕方は、中川六平さんとビールばっかり飲んでいた。

    そのころ中川さんは、晶文社で単行本の編集をなさっていた。二年間、ホームページで連載をした。春に『月と菓子パン』ができてからは、ふたりで都内の書店にごあいさつにいった。

    ……やあ、こんにちは。

    忙しそうにされているお店の方に、おおきな声をかける。新人をつれてきました。POPたててよ、サインもするよ。初めて会う方にも、どんどん話しかける。

    顔見しりのみなさんは、中川さんにいわれたら、しかたないなあ。こまり笑いで引き受けてくださった。つたない手書きのPOP、本にサインをすると返品できないときいて、緊張した。月とクリームパンの絵をかいて、落款を押した。

    新宿、銀座、神保町。池袋、八重洲、高円寺、日本橋、吉祥寺、渋谷。

    暑い日の午後、勤めを早退してまわる。中川さんは、首にタオルを巻いて、くにゃくにゃの帽子をかぶってあらわれた。そのかっこうのまんま、よろしくよろしくとまわると、ちょっと飲んでいこうか。一本入った路地、地下街、屋台。書店のそばのいい店をご存じで、酔えばビールが焼酎や日本酒やウィスキーになる。

    とにかく口がなめらかなので、からかわれ怒る。売り言葉に買い言葉、生意気をいうと頑固者とそっぽをむかれた。

    仕事が終わったらおいでよ。中川さんはこっそり書店の方に声もかけてしまっていて、そういうときは楽しかった。みなさん本が好きで書店の仕事につかれているので、中川さんと熱く語りあう。丸めがねが鼻にずれて、ほっぺたはピンク色に、声はますます高くなっていった。

    たくさんの書店さんに応援していただいた。『月と菓子パン』は、いまも拙著のなかでいちばん売れた。

    まだのんびりしたころで、古いいいかたをすれば、中川さんが、足で売ってくださった。第一球をていねいに届けていただいたおかげで、いまもなんとか字を書いていられる。

    中川さんは、そののちしばらく、フリーの編集者となられていた。酒場では、しょっちゅう会う。ちくりといわれることが多くなった。図星のいじわるをいわれ、ぷいと帰ったこともある。それでも、会えばやあこんにちはと乾杯した。中川さんに会うのは、書店のある町ばかりだった。

    ……いま、これ読んでるんだ。

    肩にかけた布袋から本を出してみせる。いいんだよ、これが。読み終わったら貸すよ。それが、遠まわしに勉強不足といっていたと、いまはわかる。

    十年は、ひとむかし。

    もっと売れたらさ、また仕事しようぜ。また晶文社にもどられ、そんないじわるをいわれているうちに、体調をくずされたと耳にした。そして、その夏のうちに、亡くなられてしまった。

    最後にいっしょに食べたのは、お見舞いにいったときのバニラのアイスクリーム。酔った晩に食べると、泣いてしまうことがある。

    先日、立川のオリオン書房にうかがったら、中川さんと親しかったという方がいらした。

    おもしろいおじさんだったよね。書棚のまえの立ち話を、聞いているんだろうなと思う。あんなに本のことばっかり話していたのだから。

    いまは、あのころみたいにのんきな本作りはしていない。

    中川六平さんに本を作ってもらった。よい書店さんに売っていただいた。その財産は、ずっと肌身離さずいる。

     著者の新刊 

    唄めぐり
    著者:石田千
    発売日:2015年04月
    発行所:新潮社
    価格:2,484円(税込)
    ISBNコード:9784103034537


    (「日販通信」2015年6月号「書店との出合い」より転載)

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