04110145

福島第一原発事故をきっかけに「電気」「技術」に向き合った木内昇の大作『光炎の人』

2016年09月29日
楽しむ
日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
Pocket

木内昇さん『光炎の人』は、福島第一原発事故をきっかけに生まれた上下巻の大作。明治から昭和の日本を舞台に、電気、技術というものに向き合い、技術発展に潜む光と闇を描きます。刊行にあわせ、木内さんにエッセイを寄せていただきました。

光炎の人 上
著者:木内昇
発売日:2016年08月
発行所:KADOKAWA
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784041101452
光炎の人 下
著者:木内昇
発売日:2016年08月
発行所:KADOKAWA
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784041041949

 

『光炎の人』刊行によせて

近代日本の発展を支えた技術について、いつか書いてみたいとずいぶん前から考えていた。明治から昭和にかけ、欧米に学びながら技師たちが懸命に生み出した技術は、日本を一等国に押し上げ、人々の暮らしを豊かにした。が、同時に戦争にも利用されていったのだ。生活と軍事─ひとつの技術が相反するベクトルで、役目を担う可能性がある。その矛盾を見詰めるうちに、果たして開発者である技師たちはどんな思いで仕事にあたっていたのだろう、と興味が湧いたのだ。

この小説の主人公である郷司音三郎が追究する技術として、「電気」を選んだのは、東日本大震災と無関係ではない。連載を書きはじめる直前、あの福島第一原発の事故が起こったのである。人々が積み重ね、大事に営んできた暮らしが一瞬にして破壊されたことに衝撃を受け、それとともに自分はこれまで原発についてなにひとつ知らなかった、知ろうとしていなかった、という事実に気付いて愕然としたのだった。

あの一件は、単に電力会社を責め立てて済むような話では到底ない。国家や地方自治体、そして電気の恩恵に与りながら漠然としかその発電システムを理解していなかった私たち。多くの要素が重なって起こったのだと思う。もっと広い視野で、より確かに、この一件を捉えるときではないか、と当時強く感じたのである。

連載は、思いがけず長期にわたってしまった。その間に、あれほど盛んに行われていた「原発反対」のデモや、自然エネルギーを立ち上げると息巻いていた元政治家たちの活動が聞こえてくることは、ほとんどなくなってしまった。暗かった街は、以前のように明るくなり、人々に根付いたはずの節電の意識ももはや今は昔の話である。原発事故の記憶は風化していくのに、現実にはなにひとつ収束していない。この世間の一連の流れに、「歴史は繰り返される」という常套句の元凶を突きつけられた5年間でもあった。

だからこそ、あの地震や事故について感傷的に書くことは絶対に避けねばならないと肝に銘じた。思い出としてきれいに扱うことはできないと思ったのだ。

……と、たいそうな理念を掲げたものの、電気が普及しはじめた明治末から、その技術の変遷を辿る作業はなかなか難儀なものだった。当時の技術書を集め、今とは異なる専門用語を調べ、音三郎が出会うことになる機械や電波を学び……。この段に至って、自分に理系方面の脳味噌がまるでなかったことに気付くのだが、はじまってしまった連載を中途で放り出すわけにはいかない。専門家のアドバイスを受けながら、振り落とされぬようしがみつくような心境で、音三郎の人生を追いかけていったように思う。

伴走してくださった編集者や校閲さんの力は本当に大きかった。どれほど助けられ、支えられたか知れない。この現場だからこそ、ここまで壮大な物語に挑戦できたのだと、すべての作業が終わった今、心から感謝している。


kiuchi0010ok_r

木内昇 Nobori Kiuchi
1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。2008年『茗荷谷の猫』が話題となり、2009年早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、2011年『漂砂のうたう』で直木賞、2014年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。


(「新刊展望」2016年10月号より転載)

common_banner_tenbo

Pocket

タグ
  • ほんのひきだし公式Instagram

    ほんのひきだし公式Instagram
  • 関連記事

    ページの先頭に戻る