• 〈書評〉作家たちの充実  文・大倉貴之

    2016年09月30日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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    普段は作者の年齢など殆ど気にしないのだが、何かのきっかけで作者の年齢を調べると、ジャンルに関係なく、ほとんどが自分より若い作家になっていることに気がつく。おそろしや。注目している作家の1人である奥泉光は自分と同い年であった。最新作『ビビビ・ビ・バップ』を読んでいる途中で、自分が笑顔になっていることに気がついた。めったにないことだ。これには訳があって、本書で描かれる趣味的な様々が全て判るからなのだった。

    本書は、『鳥類学者のファンタジア』(2001年)の主人公・霧子の曾孫・木藤桐が主人公。この長篇(660頁)は、貧富の差がさらに拡大し、家族の繋がりや性差の束縛は限りなく減少した近未来が舞台。この近未来は、2029年に起こった電脳「大感染(パンデミック)」によって多くのデジタル情報が失われてしまったことから、IT技術への投資がウィルス対策に費やされる社会だ。実現が期待された技術開発は遅れ気味。こう書くと深刻なデストピア小説のようだが、作者の好きなもの“モダン・ジャズや落語、昭和のエネルギーに満ちた新宿”をAI、ロボット、VR、そして意識・人格のデジタル化などのテクノロジーを駆使して顕在化させようとするSF小説である。ストーリーは主人公が巻き込まれる電脳空間の危機を回避できるのかどうかという一種のサスペンスだが、なにより作者のユーモアと衒学趣味(ペダンチック)が大部の長篇を読ませる推進力となる。傑作。読後、本書に登場するジャズ・プレイヤーのアルバムを何枚か購入してしまった。

    ビビビ・ビ・バップ
    著者:奥泉光
    発売日:2016年06月
    発行所:講談社
    価格:2,808円(税込)
    ISBNコード:9784062200622

    ベテラン作家、椎名誠『ケレスの龍』は、北南素粒子戦争という大きな戦いがあった後の未来を舞台にしたSF。元北政府の傭兵・灰汁が登場するところから『武装島田倉庫』(1990年)の続編ともいえる。灰汁は未だ混沌とした半島で再会した男と組んで、誘拐事件に関わることになる。犯人のドロイドを追う途中で、廃棄兵器の解体に従事する3人の若者を加えた灰汁一行は、やがてドロイドを追って宇宙空間へ。戦争で使われた兵器の影響で独特の進化を遂げた生態系描写とゆったりとしたストーリーが相まって、椎名SFワールドを堪能できる佳作。

    ケレスの龍
    著者:椎名誠
    発売日:2016年07月
    発行所:KADOKAWA
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784041044964

    作家デビュー20周年を迎えた町田康『ギケイキ 千年の流転』は、あの源義経を主人公兼語り手に据えた長篇伝奇小説。型破りでパンキッシュな語り口に幻惑されつつ読み進むと、作者の解釈による源平時代の歴史的背景が浮かびあがる。

    ギケイキ
    著者:町田康
    発売日:2016年05月
    発行所:河出書房新社
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784309024653

    ケン・リュウ『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』と『同 巻ノ二 囚われの王狼』をつづけて読んだ。巻ノ一の3章あたりまで読めば、本作が「項羽と劉邦」として知られる楚漢戦争をベースにした史劇であることが判る。だだし本書の舞台は架空の世界「ダラ」で、ダラの神々が登場人物たちの運命に助言したり介入するファンタジー小説である。多彩な登場人・神と背景にある文化を丁寧に描いてこそ、戦闘場面が際立ち、運命と神々に翻弄される悲劇が癒やされる。「水滸伝」や「三国志」はもちろんだが「銀河英雄伝説」にも通じる英雄談の醍醐味があった。

    蒲公英王朝記 巻ノ1
    著者:ケン・リュウ 古沢嘉通
    発売日:2016年04月
    発行所:早川書房
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784153350267

    映画「シン・ゴジラ」の「興行収入100億円が見えてきた」という週刊誌の見出しを見た。「シン・ゴジラ」の成功は、大量の情報を投入した本作を映画館で観て、ネット空間で様々な情報を収集し、再び映画を観て、自分の発見をネットに発信するという構造ができたことにあると思うのだが、どうだろう。長山靖生『ゴジラとエヴァンゲリオン』は、膨大な資料から「ゴジラ」シリーズ、「エヴァンゲリオン」シリーズ、総監督・庵野秀明に迫り、「シン・ゴジラ」を楽しむ一助となる労作。

    ゴジラとエヴァンゲリオン
    著者:長山靖生
    発売日:2016年07月
    発行所:新潮社
    価格:778円(税込)
    ISBNコード:9784106106774

    『SFマガジン』8月号は「ハヤカワ・SF・シリーズ総解説」。1957年刊行のSFサスペンス『ドノヴァンの脳髄』から先に本欄で紹介したケン・リュウ『蒲公英王朝記』までを網羅した特集で資料的価値がたいへん高い。

    S‐Fマガジン 2016年 08月号
    著者:
    発売日:2016年06月25日
    発行所:早川書房
    価格:1,296円(税込)
    JANコード:4910019750864

    (「新刊展望」2016年10月号 「おもしろ本スクランブル」より転載)

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