• 戦国の覇者徳川家康を、伊東潤が活写する! 当代無双の本格歴史長編『峠越え』

    2016年09月07日
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    日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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    〈伊東潤さんの『峠越え』文庫版がこのほど発売されました。単行本刊行時(2014年1月)に収録したロングインタビューを再掲載します。聞き手は時代小説解説の第一人者、縄田一男さんです。〉

    峠越え
    著者:伊東潤
    発売日:2016年08月
    発行所:講談社
    価格:756円(税込)
    ISBNコード:9784062934565

    弱小の家に生まれ、幼少期を人質として過ごした家康は、織田と同盟を組むが、家臣同然の忍従を強いられる。信長の命で堺にいるとき、本能寺の変が起きた。三河へ戻るには、明智の追っ手から逃れ、敵が潜む伊賀を越えねばならぬ。杓子定規の石川数正、武田の家臣だった穴山梅雪ら、部下たちもくせ者揃い。己の凡庸さを知る家康は、四面楚歌の状況から脱出できるのか? 本能寺の大胆仮説もふくむ大仕掛け、注目の著者の歴史小説!

    (講談社BOOK倶楽部 講談社文庫『峠越え』より)

     

    家康の家臣たちは“食えない奴”ばかり

    縄田:『峠越え』はたいへん読みやすかった。峠の頂に立って青空を見ているような、何とも言えない爽やかさがありました。

    伊東:ありがとうございます。今回は、作家としての多様性を強く意識しました。たとえば、私の作品で『巨鯨の海』だけを読まれた方が次にこれを手にしたら、「同じ作家とは思えない」といった印象を持つのではないでしょうか。そういう意味で『峠越え』は、ライトなタッチの作品です。コメディとまではいかないまでも、司馬遼太郎さんの作品のように、戦国武士の滑稽さが、うまく表現できたのではないかと思っています。

    縄田:家康の家臣たちがまた食えない奴ばかりで(笑)。家康については先行作品がたくさんありますが、家康の家臣についても過去いろいろな作家が書いています。それらと読み比べるのもおもしろい。たとえば、石川数正に関しては多岐川恭さんの『異端の三河武士』、穴山梅雪に関しては尾崎士郎さんの『戦国臆病風』といった作品があります。果たして伊東さんは石川数正を、穴山梅雪を、どう料理するのだろうか。そんな楽しみもありました。

    伊東:会社勤めをしていた頃によく感じましたが、正論を吐く人っているんですよね。正論だけれど、別に斬新な意見ではない(笑)。石川数正には、そんな役回りを課したわけです。一方の梅雪は、生き残るために汲々とする小心者の典型として描きました。

     

    徳川家康は「普通の人」だから峠を越えられた

    縄田:これは、家康は凡庸だから生き残れたという逆説の物語ですね。

    伊東:家康だけが、なぜ峠を越えられたのか。それは、凡庸な己を知っていたからです。「凡庸だからこそ、越えられる峠がある」というところに、この作品のメッセージは凝縮されています。

    書いたのは2011年~2013年頃ですが、当時の日本は閉塞感に包まれていました。老若男女が日本の将来に悲観しているような状況でした。そんな中で、先が見えないからこそ地にしっかり足を着けて己を知り、己が今出来ることをするのが大切だと思い、題材として、徳川家康を取り上げたわけです。

    もちろん、家康を書いた先行作品はたくさんありますが、私は、漫画で描かれるようなデフォルメされた家康は書きたくない。ごく普通の人、つまり英雄でも人格者でもなく、かといって愚かでもない、そんな普通の人として家康を描きたかった。そういう人物の小説など、おもしろくないんじゃないかと思われるかも知れませんが、それでもおもしろいものを書くのがプロだと思いました。当時としては、精いっぱいのチャレンジでしたね(笑)。

    縄田:山岡荘八の大河小説『徳川家康』は、終戦後間もなく書き始められ、織田をソ連、今川をアメリカ、弱小国三河を日本になぞらえて、戦後史と重ねながら15年戦争を振り返るといった趣きになっています。『峠越え』では現代の状況と重ね合わせられる部分はあっても、「当時の戦国の常識では」というくだりがあって、なるべく戦国期の武将の考えそのままを活かそうとなさっていますよね。伊東さんが戦国武将を書くときに大事にしているのは、どんなことですか。

    伊東:リアリズムでしょうか。特にこの小説では、戦国の実相を描いていくことを心がけました。たとえば、今まで家康を肯定的に描いた多くの小説において、家康は人格者で、家臣たちは水火も辞さぬ忠臣ぞろいといったようなものが大半だったと思いますが、実際には、三河国は「寄子国衆」の力が強く、家康の支配力は脆弱でした。「寄子国衆」は土地と密着していて、主を選べる立場にあったわけです。こうした脆弱な統治基盤は、武田信玄や上杉謙信にも共通していますが、彼らは自己を神格化させ、その人格に従属させることで従わせていきました。北条氏の場合は、それを平等な法制度で行ったわけです。それに対して三河武士団というのは、必ずしも忠節一途ではなく、言うことをなかなか聞かない連中だった。この作品では、そうした等身大の彼らを描きました。

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