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『罪の声』で話題の塩田武士さんが綴る、異国の本屋さんの思い出

2016年09月06日
楽しむ
日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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昭和最大の未解決事件・グリコ森永事件をモチーフにした小説『罪の声』が話題沸騰中の塩田武士さん。今回は「本屋さんの思い出」をお題にエッセイをお寄せいただきました。重厚な社会派小説『罪の声』とのギャップが大きすぎる、笑撃の1編です。さて、異国の書店を舞台にした、17歳の塩田少年の冒険とは?

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塩田武士
しおた・たけし。1979年兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社在職中の2010年、『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。同作は第23回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)も合わせて受賞した。他の著書に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』『罪の声』。

 

十七歳だった! 文・塩田武士

高校二年生の夏、私はニュージーランドのクライストチャーチにいた。

あまり偏差値の高くない男子校の「国際コース」というクラスにいた私は、be動詞と一般動詞の区別もつかない三十人の友人とともに、南半球に送り込まれた。夏休みに現地で、一ヵ月間ホームステイをするためである。だが、クラス全員が勉強とは距離を置く方針だったので、異国の地でも遊び呆けていた。

ある日のことだ。友だち数人と映画館に行った。ポスターを見てホラー映画が面白そうだったのでそれに決め、皆で発券窓口に向かった。だが、受付の若い白人女性は「十六歳未満は入場禁止」と、小バカにするように笑い、いくら私たちが十七歳だと言っても信じてくれない。しばらく押し問答をしていると、インドからの帰国子女で唯一英語を話せる友人が叫んだ。

「Japanese students are looks younger!」

その裂帛の気合いに受付の女性が怯み、我々は無事、ホラー映画を観ることができた。もちろん、登場人物の会話は全く分からなかったが、そんなことは問題ではない。難局を乗り越えてスクリーンの前に座ったことが勝利なのだ。

思春期の男子が三度の飯より大切にするのがポルノ雑誌である。ジョブズとゲイツが世界を変える前、一冊の雑誌の重みは、今とは全然違った。

勇気と知恵のある者がハードな洋モノ誌を手に入れては仲間たちに自慢する。次第に手持ちの雑誌を交換することが流行るようになった。意気地のない私は完全に出遅れた。借りるばかりではますます肩身が狭くなる。「時はきた!」と己に活を入れ、一人、街中に繰り出した。

まだ昼間だったが、南半球の八月は当然ながら寒い。いくつか書店の前を通ったものの、客が多かったり、店員が若い女性だったりして、入りづらかった。

やがて陽が傾き始めた。今からは考えられないが、十七歳の私にはまだシャイな部分が残っていて、ポルノ雑誌を買う、というのは冒険だったのだ。

結局、カウンターにおじさんが一人で座っている店を見つけて中に入った。客も少なく、ミッションを遂行するにはちょうどいい感じだった。ポルノ雑誌のコーナーはレジの目の前。もう少しデリカシーのある配置はできないものかと恨めしかったが、店を変える気力もなかった。

トラブルが起きた。私が店をうろうろするうちに、レジ番がおじさんから中年の女性に代わってしまったのだ。これは痛かった。エロは国境を越えると信じ、男同士の友情に運を託す作戦が呆気なく潰えた。一方で、あまりに長い間悩んでいたので疲れてしまい、投げやりな気持ちも芽生え始めていた。

私はありったけの勇気を奮い起こし、適当に選んだ一冊をレジに持って行った。レジの女性は一瞬固まった後、雑誌を私の方へ押し返してきた。私のことがかなり幼く見えたのだろう。パニックになりそうだったが、下腹に力を入れてもう一度本を差し出した。すると、女性は大きな目で私を見て、何やら早口で言った。聞き取れなかったが、咎めているのが分かる。

心が折れそうになったものの、子ども扱いされることに腹も立てていた。私はやけになって、唯一完璧に発音できる英文を口走った。

「Japanese students are looks younger!」

日本人少年の不退転の決意を前に、女性は苦笑いして「OK」と言った。店を出た後、私は全速力でバス停まで走り、ホームステイ先まで帰った。

今となっては雑誌の内容も友人たちの感想も憶えていない。その雑誌がどこにあるのかも分からない。しかし、異国の書店を舞台にした十七歳の冒険は、私の心の中でしっかりと息づいている。

 

【著者の新刊】
06219983

[日販MARCより]
ある日父の遺品の中からカセットテープとノートを見つけた曽根俊也。テープを再生すると、それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった…。


(「日販通信」2016年9月号「書店との出合い」より転載)

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