• 主人公は東京會舘!?辻村深月さん初の歴史小説『東京會舘とわたし』

    2016年08月29日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
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    大正11年の創業以来、結婚披露宴や宴会場、また芥川賞・直木賞の記者会見・贈呈式や宝塚のトップスターのイベント会場としても知られ、多くのファンに愛されてきた東京會舘。現在は建て替えのため一時休館しているが、その100年近い歴史ある建物を舞台にした小説が『東京會舘とわたし(上・下)』だ。小説が生まれたきっかけから作品に込めた思いまで、著者の辻村深月さんにお話を聞いた。

    東京會舘とわたし 上
    著者:辻村深月
    発売日:2016年08月
    発行所:毎日新聞出版
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784620108216
    東京會舘とわたし 下
    著者:辻村深月
    発売日:2016年08月
    発行所:毎日新聞出版
    価格:1,620円(税込)
    ISBNコード:9784620108223

     

    東京會舘は作家の憧れの場所

    ―東京會舘は、辻村さんとも縁の深い場所だそうですね。

    私自身の結婚式を東京會舘にお願いしたんです。すでに作家デビューしていて芥川賞・直木賞の会見場という憧れがあったのと、皇居の見晴らしが最高に良かったので、田舎から呼んだ祖父母にこの皇居の美しさを見せてあげたいなという気持ちがありました。

    その頃はいまほど著作もなかったし直木賞のノミネート経験もなかったのですが、お世話になったウェディングプランナーの方に「いずれ直木賞の時に帰ってきます」と冗談半分で言ったんです。そうしたらスタッフのみなさんが笑顔で「お帰りをお待ちしております」と言ってくれました。

    それから5年ほど経って直木賞を受賞して会見後に会場を出ようとしたら、支配人の方がこの小説の第九章「煉瓦の壁を背に」に書いてあるのと同じように「お祝いをお持ちしたい」と声をかけてくださって。もう覚えていらっしゃらないだろうなと思いながら「私、結婚式もここでお願いしたんです」とお話ししたら、「もちろん覚えております。お帰りなさいませ」と言ってくださったんです。プランナーの方はその時にはもう退職されていたのですが、授賞式の祝電に「帰ってきますという言葉通りになりましたね。お帰りなさいませ」と書かれていて、とても感動しました。

    それからしばらくして東京會舘が2度目の建て替えに入ると知ったのですが、私の直木賞の会見は、帝国ホテルに場所を移してしまう2回前だったんです。私はそんなに信心深い方ではないのですが、場所の力が後押ししてくれて、東京會舘での会見に間に合わせてくれたような気がしました。

    そのことを「日経新聞」のエッセイに書いたら、それを見た東京會舘のお客様たちが「新聞に出ていたよ」と役員の方たちに教えてくれたと社長さんからお手紙をいただいて。それを見たときに、いずれ何かひとつの建物を主人公に歴史小説と呼ばれるジャンルに挑んでみたいと思っていたので、いまこのときしかないと思い、この場所を舞台に小説を書かせてほしいと東京會舘にお願いしました。

    ―作品には大政翼賛会、GHQの接収、関東大震災といった會舘が歴史に翻弄された過去とともに、手土産として名高いプティガトーやマッカーサーも愛したという「會舘フィズ」など名物が生まれた背景も逸話とともに織り込まれています。

    執筆前には、第一章に出てきた大正12年のヴァイオリニスト・クライスラーの演奏会時の芳名帳をはじめ、たくさんの資料を見せていただきましたし、會舘の中を歩くと宴会場はもちろんいくつものレストランがある。クッキングスクールの授業を参観したり、お菓子の製造部門やバーテンダーの方がカクテルを作る様子など隅々まで見学させていただくことで、だんだんと(作品の)方向性が固まっていきました。

    さすがホスピタリティのプロフェッショナルの現場なので、みなさん言葉の使い方がていねいでお話が上手。お菓子の作り方ひとつとってもマニュアル通りではなくて、ご自身が経験から見つけた言葉で伝えてくださる。とても楽しい取材でした。

    ―東京會舘のお客様にも取材をされたのだとか。

    第六章の「金環のお祝い」は、會舘の方から聞いた、亡き旦那様との金婚式に食事をされた方のエピソードがヒントになっています。

    執筆中とても参考になったのが、東京會舘が作っている会報にあった「わたしの東京會舘物語」というコーナーです。そこにみなさんが東京會舘での思い出を投稿されていて、「會舘にしてもらったこと」を目にすることができました。

    東日本大震災当日の出来事を描いた第八章の「あの日の一夜に寄せて」もそうですが、そうしたお手紙の中から気になるものをいくつかピックアップして、その方たちに取材をお願いして伺ったお話も、今回の本の中にはたくさん溶け込んでいます。

     

    歴史と現実がつながる瞬間

    ―この作品が辻村さんにとって初めての歴史ものということですが、書かれてみていかがでしたか。

    歴史ものというと「江戸時代の小説?」とか言われるのですが(笑)、大正に遡るだけでもプレッシャーを感じました。自分の生きている現代のことしか書いたことがなかったので、当時を実際に知っている方たちの目から見て恥ずかしいものでないといいなと。私よりも人生経験が確実に豊富であろう方たちを主人公にすることに対しても、気を引き締めてかかったところがあります。

    ―歴史ものというと、資料を読み込むことも欠かせませんね。

    第九章で出てきたエピソードでは、3.11後に帝国ホテルで行われた吉川英治文学新人賞の授賞式で余震があり、出久根達郎さんが「関東大震災の際にも建物が揺れに耐えた場所ですから大丈夫です」とおっしゃっています。これは私が同賞を受賞したときのエピソードをそのまま使わせていただきました。その時の出久根さんのお話はよく覚えていて、しばらくしてこの本を書くために調べていたら、大正期の東京會舘と帝国ホテルは結びついている出来事が多い。両方の資料を見ていくと、ライト設計の新しい帝国ホテルの落成式が、まさに関東大震災の日だったということが有名な話として出てきました。

    書いていく中で、そういう形で現実の体験と調べてきた資料がかみ合う瞬間をたくさん見ることができました。資料は確かに書物だし活字だけれど、そこにはちゃんと生きた人の営みが記録されている。その場であったことが本当に歴史と結びつくことがあるんだなと思った時に、まるでミステリー小説を読んで謎解きをするような楽しさがありました。

    ―第一章から第十章まで、各章の主要人物が別の章で重要な役割を担って再登場します。時を経た彼らと再会できる喜びとともに、時間の積み重ねを感じました。

    本作ではひとつの建物の中で時が流れていくので、前の登場人物たちが見てきた場所と今の話は地続きなんだと常に読者に意識してほしかったし、私も意識しながら書いていました。前章の主人公がまた出てきたりすると、読者も喜んでくれるのではないかなという気持ちもありました。

    ―第一章と第九章には2人の作家が登場します。特に第九章の「煉瓦の壁を背に」は辻村さんと同じ、2012年に直木賞を受賞した男性作家が主人公です。

    この2人の作家に関しては完全な創作です。東京會舘が直木賞の会見場であることは入れたいなと思っていました。(作中の)すべての日付が実際の日になっている中、架空の作家が賞を取った日をどうするかとなったときに、私の1回を使ってもらおうと。フィクションではありますが、賞の発表前の臨場感などはかなり私の経験が入っているので、文学や本の世界全般のファンの方たちにも楽しんでいただければうれしいです。

    作家のことや賞の発表当日のことなどは、東京會舘のこの話でなければ絶対に書くことはなかったと思っています。私自身の経験と近いもので、そこに自分をある程度投影されても構わないと思うのは、ほかの小説ではほとんどなかったことです。東京會舘という場所の力と、直木賞の会見場であるということから思いがけず書くことができたと感じています。

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