• 北海道に実在する「奇跡の三夫婦」を描いた愛の物語―谷村志穂『大沼ワルツ』

    2016年08月24日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
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    谷村志穂さんの新刊『大沼ワルツ』は、北海道を舞台に、実在する「奇跡の三夫婦」をモデルにした大恋愛&大家族の物語。刊行にあわせ、谷村さんにエッセイを寄せていただきました。

     

    軽やかに、深い森と

    大沼ワルツ
    著者:谷村志穂
    発売日:2016年07月
    発行所:小学館
    価格:1,728円(税込)
    ISBNコード:9784093864480

    大沼、という地名を口にしてもすぐにわかってもらえないことが多い。なので、改めてご紹介すると、北海道、函館から峠を1つ越えていった場所、駒ヶ岳の麓に広がる大きな湖沼群だ。大正時代には、日本新三景に選ばれた観光地だ。

    沼と書くが、大沼も小沼もじゅん菜沼もすべて湖である。空から見ればおそらくこの一角は窪地であり、湖が点在し、水辺には姿のいい樹木が枝を伸ばす、どこか原生的な荒々しくもある風景かもしれないが、開拓の人らは湿地と闘い、景色を生かした線路を敷いた。旅するには、今も魅力のある場所だ。

    いつだったか女友達と、誰かを本当に好きになったら、どこへでもついていけるか、という少し子供じみたやり取りをした覚えがある。互いにまだ20代だった。すでに結婚していた彼女は、私はどこに住んだっていい、と言い、当時独身だった私には、それはとても考えられぬことだと答えた記憶が、この小説を書いている間、何度か蘇った。

    戦争の渦中に、東京で出会った男女の間に当初流れていた思いは淡いものだった。けれど、もしもこの戦争を無事に生き延びられたら、もう一度会いたいと互いに強く思う相手になっていく。

    男は大沼の開拓者の子孫で、3兄弟の長男、秀雄という。3兄弟の名前は、ひーふーみーと続く。

    出会った女は、山梨の出身だった。親戚の営む東京の寿司店に、住み込みで働きに出ていた。寿司店店主に子供はなく、彼女を板前と結婚させようとしていた。

    彼女も三姉妹の長女で以久子と言うが、姉妹はいーろーはーと続く。

    以久子は、終戦から程なくして、たった1人で大沼を訪ねていく。山梨から新宿へ、そこから上野へ、青森まで列車で北上して、青函連絡船、また、蒸気機関車に乗り換えるという長旅だ。けれど、彼女はスイッチバックして急勾配を登りきるその峠越えの列車に乗って、突然開けた別天地のような絶景に出会う。ここへ嫁ごうと決める。親族も友人もそばにはなく、冬になると雪深い未知の場所で新生活を営み始めるのだが、この家にはのちに順繰り次女も三女も嫁いでくるのだ。

    次女と次男、三女と三男、それぞれが結婚するという、俄かには信じられない実際の話に、私はこの10年、毎夏を過ごしている函館で出会い、5年ほどかけて、書かせてもらった。

    3姉妹はまだお元気で、いまも大沼で生き生きと過ごしておられる。それぞれに、個別の恋愛をして、個別の思い出を育まれてきた。

    取材というより、家へお邪魔してはごちそうになって帰ってくるのだが、大沼という地に宿る開拓の歴史と、そこからつながる時間の中での個々の営みに、人間の生きる力や面白さを小説を通じて感じてもらえたらうれしい。3人それぞれの軽やかに生きる魅力を、深い森と対比して書いたつもりだ。いつもどろどろした小説を書く私には、新しい試みとなったろうか。


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    谷村志穂 Shiho Tanimura
    札幌市生まれ。1991年処女小説『アクアリウムの鯨』を刊行し、自然、旅、性などの題材をモチーフに数々の長編・短編小説を執筆。2003年、北海道を舞台に描いた『海猫』が第10回島清恋愛文学賞を受賞。他代表作に『黒髪』『余命』『尋ね人』などがある。

    海猫 上巻
    著者:谷村志穂
    発売日:2004年09月
    発行所:新潮社
    価格:594円(税込)
    ISBNコード:9784101132518
    尋ね人
    著者:谷村志穂
    発売日:2015年02月
    発行所:新潮社
    価格:637円(税込)
    ISBNコード:9784101132587
    余命
    著者:谷村志穂
    発売日:2008年12月
    発行所:新潮社
    価格:529円(税込)
    ISBNコード:9784101132556

    (「新刊展望」2016年9月号より転載)

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