• 谷島屋書店さん、ごめんなさい。ミステリー作家・七尾与史さんからのある告白と懺悔

    2016年06月28日
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    日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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    「ドS刑事」「山手線探偵」などのシリーズで人気のミステリー作家・七尾与史さんが、つい最近まで浜松の歯医者さんだったという事実はご存知でしたか? そんな七尾さんはデビュー当時、浜松の谷島屋書店さんでこっそり“あること”をしていたのだそうです。七尾さんの地元愛と書店愛にあふれるエッセイをお届けします。

    七尾与史さん

    七尾与史
    ななお・よし。1969年、静岡県浜松市生まれ。2010年に第8回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉として『死亡フラグが立ちました!』でデビュー。ドラマ化もされた「ドS刑事」シリーズ、「山手線探偵」シリーズ、「バリ3探偵 圏内ちゃん」シリーズなど、数多くの人気シリーズをもつ。近著に『トイプー警察犬 メグレ』『ティファニーで昼食を』ほか。

     

    本屋にホームはあってもアウェイはない 文・七尾与史

    作家デビューする前まで、書店とは僕にとってただの本屋にすぎなかった。

    書店に本が置いてあるのは当たり前だと思っていたし、売り切れにもならない限りどんな本でも手には入るものだと思っていた。それに出版業界のことをまるで知らなかったので、ちょっと表紙が曲がった本を買おうとするとき「曲がっているのにどうして割引してくれないんだろう」と思っていた。思えばそれがもし実現していたら、今の僕はもっと大変な状況になっていたかもしれない……というのはまた別の話だ。

    本が好きというより書店が好きだった僕は、浜松駅ビルに入っている谷島屋書店に足繁く通っていた。ちなみに僕は浜松市出身であり、つい最近まで同市で歯科医院を開業していた。それはともかく地元書店のヘビーユーザーだったのだ。やがて小説を書きたいという思いを抱き、自分の作品が書店に並ぶことを夢見るようになった。

    小説家になるなんて夢みたいな話だが、夢は追いかけてみるものだ。僕はミステリ作家になった。最初はホラー作家になりたいと思っていたけど、開業歯科医師という立場上やはりそれはぶっちゃけ経営学的にマズいということでミステリにしたのだ。

    なにはともあれ僕は作家になった。すると僕にとっての書店はただの本屋ではなくなったのだ。デビューするやいなやそこは体の一部となった。デビュー作が刊行された日のことははっきり覚えている。文学新人賞を受賞してのデビューではなかったので、初版部数がそれほど大きくない。だから地元の書店ですら数冊しか配本されていなかった。

    なので僕のデビュー作はひっそりと隅の方で埋もれていた。本当はこんなことをしたらマズいのだろうけど、今だから告白させてもらうと、僕は自著をそっと目立つ位置に移動させた。そういうことをしたのは後にも先にもあの時だけである……ということの真偽を語るのはまた別の機会にしようと思う。谷島屋書店さん、本当にごめんなさい。書店員さんが元に戻しても戻しても戻してもしつこく移動させてました。

    実は「自作のポップを作って勝手に置いてくる大作戦」まで計画していたのだが、どういうわけか僕のデビュー作は増刷がかかりそれから間もなく話題作として扱われるようになったので、大作戦を決行するまでもなくポップがついたり一等地の書棚に置いてもらえるようになった。さらにサイン本まで作らせていただけた。

    今の僕があるのも間違いなく浜松市近隣の書店員さんたちの応援があったからだ。

    現在僕は東京都は三軒茶屋に仕事場を持っている。しかし住民票は浜松市のままである。僕は正直、地元愛など持つタイプの人間ではないと思っていた。しかし僕の小説ではさまざまな場面で浜松市が舞台となる。僕の読者は「また浜松かよ」と思っているだろう。どういうわけか浜松を書いてしまうのだ。もちろん書きやすいというのもあるのだけれど、「書きたい」という気持ちがなければ書くものでもない。この書きたいという思いが自分なりの地元愛なのかなと最近思うようになった。

    今は浜松と東京を行ったり来たりの生活だが、浜松に戻れば必ず行きつけの書店に立ち寄る。いまだに平積みしてもらっている自著たち。

    ホッとできる安心感。

    ああ、ここはホームなんだなと思う。

    でも作家にとってアウェイの書店なんてないのだ。自分の本を置いてくれている、もしくはこれから置いてもらえる書店なのだから。

    あ、でもアウェイがあったな。僕の本を一〇八円(税込み)で売ってくれるあの店だ!

     

     著者の新刊 

    偶然屋
    著者:七尾与史
    発売日:2016年07月
    発行所:小学館
    価格:1,512円(税込)
    ISBNコード:9784093864459

    弁護士試験に挫折して就職活動中の水氷里美は、ある日、電信柱に貼られた「オフィス油炭」という錦糸町にある会社の求人広告を見つける。藁にもすがる思いで連絡を入れると、面接場所に指定されたのは、なんとパチンコ屋!?
    数々のミッションをなんとかクリアした里美に与えられたのは「アクシデントディレクター」という聞き慣れないお仕事だった――。
    確率に異常にこだわる社長の油炭、かわいいけれど戦闘能力の超高い女子中学生・クロエとともに、里美はクライアントからの依頼を遂行していくが、あるとき「偶然屋」たちの前に、悪魔のような男の存在が浮かび上がる……。

    小学館公式HP『偶然屋』より)


    (「日販通信」2016年7月号「書店との出合い」より転載)

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