• 納豆本を通して、アジアの山間部や江戸時代の生活を知る 石塚修さんと高野秀行さんが語る、奥深い「納豆」の世界:Part3

    2016年06月09日
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    日販 ほんのひきだし編集部 「新刊展望」担当
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    文学作品から日本人と納豆の関わりを探る国文学者・石塚修さん(写真右)と、「納豆」という大陸を縦横無尽に駆けめぐる辺境作家・高野秀行さん(写真左)。2人が語り合う「知られざる」納豆の姿とは。

    納豆のはなし
    著者:石塚修
    発売日:2016年05月
    発行所:大修館書店
    価格:1,836円(税込)
    ISBNコード:9784469222463
    謎のアジア納豆
    著者:高野秀行
    発売日:2016年04月
    発行所:新潮社
    価格:1,944円(税込)
    ISBNコード:9784103400714

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    たかが納豆、されど納豆

    石塚 納豆菌は非常に強い菌なんですよね。

    高野 あっという間に増殖して、他の菌を圧迫するらしいです。

    石塚 発酵学者の小泉武夫さんは必ずバッグに納豆を2パック入れていて、どんなに変なものを食べてもその後納豆を食べるので、お腹が痛くなったことはないとエッセイに書かれています。生命力が強いので、腸内で悪い菌を殺してくれる。一定以上の温度になると芽胞という殻のようなものを作って閉じこもり、温度が下がってくるとそれが取れる。すごくしたたかに生きていく菌です。

    高野 だから煮沸しても死なないんですよね。

    ―それでアジアのあまり環境の良くないところで作った納豆も、衛生面は問題ないのですね。 

    高野 そうです。アジアから持ち帰ってきた納豆を東京都立食品技術センターで調べてもらいました。大腸菌やセレウス菌などいかにも有毒な菌がありそうな雰囲気なのに、ないのは分析した先生も驚いていました。それは納豆菌の強さですよね。そういうことを伝統的、経験的に地元の人たちが知っているのだと思います。

    石塚 毒消しの効果もあるのでしょう。魚とスープに入れるというのも、例えばちょっと魚が傷んでいても、納豆を入れることで中和される。

    高野 なるほど。汁物に納豆を入れるのにはそういう意味もあるかもしれませんね。

    石塚 川魚と納豆をあわせて食べる食べ方は日本にはないけれど、唯一変わっているのはマグロ納豆とイカ納豆。実はいま発祥の地を探しているんです。鮨屋がまかない料理で古くなったマグロとかイカをお昼に食べるときに、納豆で和えたのが始まりだという説があります。そうすると、魚介類と納豆をあわせる食べ方はアジア納豆と発想が似てくる。高野さんの『謎のアジア納豆』を読んで、マグロ納豆の源流もこういうところにあったのかと。

    高野 そんなことまでお調べになるんですか。すごいですね(笑)。

    石塚 一応何でも調べないと(笑)。チェンマイの市場にも行きましたが、もやしとこんにゃくは必ず売っています。それから豆腐。納豆を作っているところには日本人は移住できると思います。雰囲気もどこか日本と共通するものがありますね。

    高野 そうですね。人の感じも、すごく日本人に似ている。

    ―『謎のアジア納豆』でも「古き良き日本の生活を見たかったらシャン州(ミャンマー東北部)に行ったほうがいいほど」と書かれていますね。

    高野 どの国に行っても首都があるようなところは平野で、人が開放的で社交的。山のほうに行くにしたがって、内気で謙虚、素朴な人柄になっていく。どんどん日本人に近づいていくんです。

    石塚 決して冷たいわけではなくて、黙っているけど優しい、もともとの日本人みたいな感じ。みんな真面目に働くし、納豆も味噌も、米もある。

    高野 日本列島も辺境なんですよね。

    ―まさに文化と食の関わりのおもしろさですね。

    石塚 それを高野さんは丁寧にフィールドワークされている。学術的に評価されていい作品だと思いました。肩肘張らないように穏やかに書いていらっしゃるけれど、もう少し硬く書き直していただいたら学術論文になります。

    高野 誰も読まなくなっちゃいますよ(笑)。

    そういう意味では石塚先生の『納豆のはなし』も同じで、納豆を通してその時代の、人間の暮らしが見えてくることが一番おもしろいですね。納豆自体のおもしろさはもちろん、納豆を通してミャンマーやネパールや中国の少数民族の生活が立ち上がってきて、それが意外にも僕らと近いものがあるとわかる。江戸の人たちがどういう気持ちで納豆汁を食べていたのか。「お金があれば鴨肉を叩くんだけれど、お金がないから納豆を叩いている」という表現には、「庶民の味方」という納豆への愛着が感じられるわけです。それがこういう納豆本の本当の醍醐味なのではないかと思います。

    ―『納豆のはなし』では松尾芭蕉から宮本百合子まで、さまざまな書き手の作品が取り上げられていて、ここで初めて出会う作家の文章もありました。

    石塚 それもあって、青空文庫や国会図書館のライブラリーで読めるものを取り上げています。この本を通してこうした文学作品に関心を持って、読んでみようかなと思ってもらえればいいですね。本当はもっと重厚に網羅して書くべきかもしれませんが、あくまでもこの本は入口としていただいて。さきほどのお話にあったように、村上春樹さんのこんなエッセイがあるよとか、みなさんがこの本に自分で納豆の話を足していっていただければと思います。

    高野 1人で全部網羅するのは無理ですもんね。

    石塚 無理ですね。しかも昔の人が書いたものを探そうとすると、そんな本を書いている人はいないんです。納豆はわざわざ書くほどの食べ物ではないし、日本の古典文学は食べ物のことを露出させないという文化がある。古今和歌集や万葉集にも載っているのかと聞かれても困ってしまう。

    高野 それは日本だけではなくて、中国の食文化を研究されている先生に伺ったら同じことをおっしゃっていました。歴史の記録に日常の食べ物なんか書かれていないというんです。そりゃそうですよね。

    石塚 私たちがコンビニで何を売っていたかを書かないのと一緒です。だから東南アジアの山岳民族の生活が変わらないうちに現地入りして、きちんと記録を取っておくという高野さんみたいなお仕事は大事で、タイミングを失うとなかったことになってしまう。

    両方の本を照らしてもらうとわかるけれど、たかが納豆、されど納豆。調べ出したらなんだって奥行きがある。グローバルなんです。『謎のアジア納豆』で納豆は日本独自の食材ではないことを認知してもらうのはとてもいいことだと思います。アジアの山間部に実際に行けと言われても難しいけれど、行ったつもりになれる本ですね。

    高野 石塚先生の『納豆のはなし』も江戸にタイムスリップできます。「行った気持ち」をぜひ楽しんでいただきたいですね。

    (2016.4.9)


    (「新刊展望」2016年6月号より転載)

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