• エッセイスト・宮田珠己さんが偏愛した本屋さんの話

    2015年04月22日
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    日販 商品情報センター「日販通信」編集部
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    宮田珠己さん近影宮田珠己
    みやた・たまき。1964年兵庫県生まれ。大阪大学工学部卒業後、会社勤めの傍らアジア各地を旅する。約10年のサラリーマン生活を経て作家に。旅とレジャーを中心としつつ幅広い分野で執筆活動を行っている。著書に『旅はときどき奇妙な匂いがする』『いい感じの石ころを拾いに』『日本全国もっと津々うりゃうりゃ』ほか多数。

     

    豊中文学館、禁断の黄緑色ブックカバー 宮田珠己

    自分の金で本を買う楽しみを覚えたのは、小学6年の頃だったと思う。

    それまでは小学校の図書室で借りて読むか、子供向けの本を親に買ってもらって読んでいた。

    最初に自分で買った本が何だったか、厳密には覚えていないが、気がつくと私はハヤカワ文庫の「キャプテン・フューチャー」シリーズを買って読むようになっていた。
    買うのはきまって、千里中央の豊中文学館であった。当時、千里中央には本屋が3軒あり、2軒は同じA書店で、もう1軒が豊中文学館だった。

    3軒のうちでもっとも狭いうえに、すぐ上に広いA書店があったから、ずいぶん苦しい経営だったのではないかと思うが、それだけ書店の需要がある時代だったのだろう。もう40年近く前のことである。

    なぜ私がいつも豊中文学館で買っていたかというと、A書店よりも、SFの文庫が充実していたからだ。休日は、千里中央の碁会所に父が通っていたので、迎えに行くついでに、豊中文学館に行ってSFを物色した。

    父は、私がSFばかり買うものだから不機嫌で、「そんなどこの馬の骨かわからん作家の本なんか読んでないで文学を読め」と高圧的に言い、私はその物言いに反発して、ますますSFを買い漁った。
    何を読んでいるか父に知られたくなかったので、文庫本には常にカバーをつけたままにしていた。

    豊中文学館のブックカバーは、ずいぶんとビビッドな黄緑色で、A書店の、ベージュ色に紺で店名が印刷された、いかにもブックカバー然としたものとは違い、触ると手に色がつきそうな、食品で言えば添加物がたくさん入っていそうな、ちょっと禍々しい印象だった。今思えば、別段禍々しいこともないのだが、中に禁断のSF(わが家では)が隠れていたために、そんなふうに感じていたのかもしれない。

    「キャプテン・フューチャー」シリーズの新刊が出る日には、必ず豊中文学館へ出かけていった。私の周囲では誰も知らないシリーズだったが、ここには必ず仕入れてあった。シリーズのまだ読んでいない巻も、A書店より、豊中文学館のほうが見つかる可能性が高かった。

    というより、私が「キャプテン・フューチャー」シリーズを順に買い揃えていったために、書店のほうでもこのシリーズを集めている客がいるのを知って仕入れていたのではないかと思う。たまたま他の書店で買った巻だけ、棚で売れ残っていたりして、そんなときは自分が裏切ったせいだと申し訳なく思ったりした。

    かくして黄緑色のブックカバーはますます増えていったのだが、それも3年間ぐらいのことで、中学を卒業する頃には、私の読書もSF一辺倒ではなくなり、どこの書店にでも置いてある著名作家の近代文学なども読むようになって、私の中での豊中文学館の重要性は急速に薄れていった。

    自分の本棚のほとんどを占めていた黄緑色のブックカバーも、だんだんとシェアが減って、さらに地元には置いていない本を求めて、梅田の紀伊國屋書店や旭屋書店に遠征するようになる頃には、新たに手にすることは滅多になくなった。もちろんSFだって豊中文学館をはるかに越える膨大な種類の本が梅田に出れば手に入った。

    この原稿を書くにあたり、ネットで検索してみると、千里中央の豊中文学館は5年前に閉店していた。少しだけ、自分のせいのような気もする。
    黄緑色のブックカバーが家に残っていないか探してみたが、すでに私は本にカバーをする習慣すらなくなっていて、あの黄緑色がどのぐらい禍々しかったかそうでなかったか、確認することはできなかった。

     

     著者の新刊 

    四次元温泉日記
    著者:宮田珠己
    発売日:2015年01月
    発行所:筑摩書房
    価格:778円(税込)
    ISBNコード:9784480432384

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