『アンと青春』の坂木司さんから、某本屋さんへのメッセージは「今度買います」

2016年05月04日
楽しむ
日販 ほんのひきだし編集部「日販通信」担当
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和菓子店「みつ屋」でアルバイトをする梅本杏子(アン)と個性豊かな店員たちが織り成す、美味しいお仕事ミステリー『和菓子のアン』。待望の続編『アンと青春』も好評発売中です! 著者の坂木司さんに、書店の思い出を綴っていただきました。

坂木司
さかき・つかさ。覆面作家。1969年東京都生まれ。2002年、ひきこもり探偵・鳥井真一とその友人・坂木司を主人公にした連作短編集『青空の卵』でデビュー。著書に『和菓子のアン』『ウィンター・ホリデー』『大きな音が聞こえるか』『僕と先生』『ホリデー・イン』『肉小説集』『何が困るかって』ほか。

 

「今度買います」  坂木 司

小学校の低学年だったろうか。生まれて初めて、一人で本屋さんに入った。まだ昭和と名のつく時代。携帯電話もなく、コンビニやチェーン系のコーヒーショップもなく、街中がどこか静かだった。そんな頃のはなし。

何が欲しくて入ったのかは、よく覚えていない。ただ、家からすぐ近くで、子供ひとりでも入って良いような店は、他にはなかった。

店主はおだやかな男性で、子供の私を邪険に扱うこともなく、静かに放っておいてくれた。優しい人だったのだと、思う。

私は、小さい頃から本を読むのが好きだった。だから小学校の図書室で本を借り、帰り道でその本屋さんに寄って立ち読みをした。雑誌や漫画に、ビニールがかかる前のことだ。

「図書館にはない本が、ここでは読み放題!」

そうじゃないだろ。昔の自分にげんこつを落としてやりたいところだが、時すでに遅し。幼い私の頭には、本屋さんが「そういう場所」として刻まれてしまった。はた迷惑な子供の、誕生である。

当時は、立ち読みをしていたらハタキで追い払われ、咳払いで注意される、そんな時代。なのに店主は、勝手に本を読み続ける私に、何も言わなかった。休日、親と連れ立って来たときにも、告げ口をするようなことはせず、やはり静かにレジに立っていた。

そしてそんな店主の優しさに甘えるように、私は本を読んだ。とにかく読んだ。小学校の図書室にあった本を読み終えると、私はその足で学校裏にある図書館に行って、借りられるだけ借りた。そこまでしても、飽きなかった。本は私に、たくさんの世界を、考え方を、教えてくれた。そして成長し、さらに読んだ。

「立ち読みはいけない」という常識だけ、都合良く覚え損ねたまま、その本屋さんでも読み続けた。コミック、文庫、雑誌、四六の書籍、図鑑。なかでも一番罪深かったのは、「スケバン刑事」全22巻を読み通してしまったことだ。これには、さすがの店主も「読みすぎでしょう」と苦笑した。

しかしその言葉に、中学生だった私はきっぱりと答えた。

「お年玉を貰ったら、絶対買いますから!」

……子供の言う「絶対」ほど、当てにならないものはない。次の年のお年玉は、何に使ったんだっけな。少なくとも、「スケバン刑事」じゃなかったことは確かだ。

心優しい店主のいる、住宅街にある小さな本屋さん。夕食どきまで灯りのともる店は、当時貴重だった。習い事の帰り、暗い道で怪しい人物に因縁をつけられたとき、逃げ込んだのはその店だった。親とケンカして家を飛び出したときも、その店に駆け込んだ。立ち読みの振りをして涙をこらえる私を、店主はやはり、静かに放っておいてくれた。

親でも先生でもない、大人のひと。子供が生きる狭い世界の中で、あの店主はある種の特別枠だった。頭ごなしに叱らず、かといっておもねるように機嫌もとらず、ただそっとしておいてくれる。絶賛反抗期中だった私が、大人を信じられるようになったのは、おそらく彼のおかげだったと思う。ありがとう。そしてご迷惑をおかけしました。

「スケバン刑事」、今度「絶対に」買いに行きます。

 

 著者の新刊 

アンと青春
著者:坂木司
発売日:2016年03月
発行所:光文社
価格:1,728円(税込)
ISBNコード:9784334910846

[日販MARCより]
美人で頼りがいのある椿店長。「乙女」なイケメン立花さん。元ヤン人妻大学生の桜井さん。そして、食べるの大好きアンちゃん。「みつ屋」のみんなに、また会える…。ベストセラー「和菓子のアン」、待望の続編。


(「日販通信」2016年5月号「書店との出合い」より転載)

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