〈書評〉仕事の喜びと生活の中の幸福  文・末國善己

2016年04月30日
楽しむ
日販 ほんのひきだし編集部「新刊展望」担当
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西山ガラシャ『公方様のお通り抜け』は、第7回日経小説大賞を受賞した著者のデビュー作である。

尾張藩江戸下屋敷の管理を請け負っている戸塚村の豪農・外村甚平は、屋敷奉行の拝郷弾蔵に、半年後に将軍家斉が下屋敷に御成になるので、公方様を楽しませる方法を考えて欲しいと頼まれる。

甚平は、水量が変化する瀧、からくり人形を置いた洞窟などのアトラクションを準備していく。しかし、藩主を招いた予行演習で、瀧の仕掛けが誤動作してしまう。

尾張藩下屋敷は、宿場町を模した御町屋と呼ばれる一画があったことで知られ、泡坂妻夫『からくり東海道』、東郷隆『御町見役うずら伝右衛門』、犬飼六岐『蛻(もぬけ)』など名作の舞台になってきた。

著者は、有名な題材を、将軍を接待するため荒れた庭園を再建するという切り口で料理し、斬新な物語を作ることに成功している。甚平のプロジェクトが成功するか否かに焦点が絞られるので、長編としてはふくらみに欠けるが、軽妙かつテンポのよい文体で紡がれる物語は、欠点を補って余りある。

将軍を楽しませるため、甚平たちが武士と農民の垣根を越え一丸となって奮闘する姿は、真のおもてなしとは何かを教えてくれる。

公方様のお通り抜け
著者:西山ガラシャ
発売日:2016年02月
発行所:日本経済新聞出版社
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784532171391

まるまるの毬』で第36回吉川英治文学新人賞を受賞した西條奈加の新作『九十九藤(つづらふじ)』は、口入屋(人材派遣業)の差配を任されたお藤を主人公にしている。

茶問屋で働いていたお藤は、豪商の増子屋太左衛門が黒字を出せなかった口入屋・冬屋(かずらや)の経営者に抜擢される。冬屋は武家との取り引きが中心だったが、お藤は、派遣先を商家に絞る大転換を行う。しかも奉公人に徹底した職業訓練を施したのだ。お藤の新商売は、奉公人にも、派遣先にも喜ばれるが、成功を嫉む同業者は、顔役の黒羽の百蔵を使って妨害工作に出る。百蔵には、かつてお藤を救ってくれた武士の面影があった。

物語は、お藤が卓越した経営手腕を見せたり、ライバルと戦ったりするビジネス小説として進む。これと並行して、旅籠兼口入屋の恵まれた家庭に生まれたのが一転、社会の底辺に突き落とされたお藤の数奇な人生を追う一代記が描かれ、終盤には恋愛も重要なエッセンスになるので、どのジャンルが好きでも楽しめるだろう。

お藤は、不安定な期間労働者を相手にしているからこそ、必要なスキルを習得させ、長く働けるように心を砕いている。これは非正規労働者を使い捨てにしている現代社会への批判のように思えた。

九十九藤(つづらふじ)
著者:西條奈加
発売日:2016年02月
発行所:集英社
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784087716474

2015年11月に亡くなった宇江佐真理が、闘病をしながら執筆した『うめ婆行状記』は、残念ながら未完に終わった。ただ完結直前まで書かれており、著者のメッセージは十分に読み取れる。

商家から北町奉行所同心の霜降三太夫に嫁ぎ、子供を結婚させ孫もいるうめは、夫が死んだのを機に、家を継いだ息子の反対を押し切り、町屋で一人暮しを始める。『甘露梅』『涙堂』など、著者は、町屋で生活する武家の妻を主人公にした人情ものが得意だった。

これまでの作品は、主人公がトラブルを解決するため奔走することも多かったが、うめの周囲では大きな事件は起こらない。近くに住む女房の助言でうめ干しを作ったり、主人の盂蘭盆を出したり、自分が病気で倒れたり、親しくなった人を亡くしたりと、うめの日常が描かれていくだけなのだ。

派手な展開がないだけに、著者がデビュー作から一貫して追究してきた“ごく普通の生活の中に幸福はある”というテーマが、際立っている。また、著者自身が死に直面していながら、作中に出てくる死をユーモラスに描いた強さからは、命の大切さも実感できる。何より、恐らく偶然ながら、読者に勇気を与える一文で、物語が終わっていることに驚かされるだろう。

うめ婆行状記
著者:宇江佐真理
発売日:2016年03月
発行所:朝日新聞出版
価格:1,620円(税込)
ISBNコード:9784022513717

(「新刊展望」2016年5月号 「おもしろ本スクランブル」より転載)

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