「人生を変えた場所」加藤千恵さん×短歌の運命の場所、旭川冨貴堂。

2016年04月07日
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日販 「日販通信」編集部
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高校生の頃に歌人としてデビュー。現在は恋愛小説や詩、エッセイでも人気の加藤千恵さん。その後の人生を大きく変えることになった運命的な出会いは、北海道・旭川の1軒の本屋さんにありました。

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加藤千恵
かとう・ちえ。1983年北海道生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビュー。小説、詩、エッセイの他、ラジオなどのメディアでも幅広く活動中。著書に『あかねさす 新古今恋物語』『あとは泣くだけ』『映画じゃない日々』『卒業するわたしたち』『こぼれ落ちて季節は』『いろごと』『点をつなぐ』『蜜の残り』ほか。

 

人生を変えた場所 文・加藤千恵

北海道旭川市という場所で生まれ育った。

北海道内では二番目に大きい市である旭川は、いわゆる地方都市だった。何でも揃うというわけではなかったが、少なくともさほど不自由はしていなかった。

駅前から広がっていくエリアは、いくつかの百貨店をはじめとして、お店が立ち並んでいた。わたしたちはそこを「街」と呼んでいた。

「街」にある冨貴堂という書店に、よく足を運んでいた。幼い頃から本が好きだったから。冨貴堂は、百貨店の一フロアと、独立店舗の二つがあったのだが、熱心に通っていたのは後者のほうだ。

そこでわたしの運命は変わった。

中学三年生のときだったと思う。いつものように冨貴堂に行き、ふらふらと店内を歩き回っていると、平積みにされていた本が目に入った。

絵本かな、と思いつつ、それを手にとってめくってみて、目に入った言葉たちに衝撃を受けた。

【無理してる自分の無理も自分だと思う自分も無理する自分】

【気づくとは傷つくことだ 刺青のごとく言葉を胸に刻んで】

時おり挟まれている、可愛らしいイラストも気になったが、それ以上に、飛びこんでくる言葉の鋭さに胸を打ちぬかれたような思いだった。

平積みに戻すことができなかった。わたしはそのまま、それらの言葉が書かれた『てのりくじら』という本と、横に一緒に並んでいた『ドレミふぁんくしょんドロップ』という本を購入した。作者である枡野浩一さんの名前もその瞬間まで知らなかったし、表紙に小さく記されている「短歌集」の文字も、帰宅して読みふけっているうちに気づいた。衝撃を受けた言葉はどれも、短歌のリズムになっているのだと知り、ますます驚いた。

てのりくじら
著者:枡野浩一 オカザキマリ
発売日:1997年09月
発行所:実業之日本社
価格:1,080円(税込)
ISBNコード:9784408533193
ドレミふぁんくしょんドロップ
著者:枡野浩一 オカザキマリ
発売日:1997年09月
発行所:実業之日本社
価格:1,080円(税込)
ISBNコード:9784408533209

国語の時間に習ったおぼえがあるくらいで、短歌なんてまったく縁のない人生を送ってきたわたしは、その日以来、すっかり短歌にハマってしまった。どんどん作った。高校生になってから始めたインターネットの世界で、枡野浩一さんのホームページを見つけてからは、そこに投稿したりするようにもなった。

高校三年生になり、短歌のストックもかなりたまった頃、枡野さんのプロデュースによって、短歌集を出版してもらえることになった。生まれて初めての自分の本。地元の新聞に記事が載っても、実感というのは全然わいてこなかったが、発売日となり、冨貴堂に自分の本が置かれているのを見て、じわじわと感動が身体中に広がっていった。読みたい本を探す場所だった店内に、自分が書いた本が並んでいるすごさ。

あれからいくつもの季節が過ぎた。大学入学とともにスタートしたわたしの上京生活は、もうゆうに十年が過ぎた。枡野さんの二冊の短歌集は改題され、別の出版社から文庫となっている。旭川のいくつかの百貨店は閉店し、たまに帰省するたびに、「街」が姿を変えつづけているのを目の当たりにする。なにより、よく通っていた「街」の冨貴堂は閉店してしまった。

幸いにもその後も何冊も本を出させてもらうことができ、気がつけば作家と呼ばれる職業についている。あの日冨貴堂で枡野さんの本と出会っていなければ、過ごすはずのなかった日々を生きている。

何度本を出しても、いまだに新しい本が届くと感動する。自分の書いたものが形となって、この世に出現したことに驚いてしまう。そしてまた、今はもうない店舗での光景を思い起こして、自分の本がかつての枡野さんの本のように、見知らぬ誰かの人生を変えることがあるのかもしれない、と想像して信じられない気持ちになる。その瞬間が訪れるのを祈りながら、書きつづけているのかもしれないとすら思う。

 

 著者の新刊 

アンバランス
著者:加藤千恵
発売日:2016年03月
発行所:文藝春秋
価格:1,458円(税込)
ISBNコード:9784163904269

[日販MARCより]
日奈子に突然つきつけられた夫の不倫写真。しかし夫は性的不能のはずだった。夫の衝撃的な告白で崩れていく幸せな生活。そして日奈子が気付いた自分の本当の気持ちとは。やるせない心情を繊細に、生々しく描き出す。


(「日販通信」2016年4月号「書店との出合い」より転載)

●あわせて読みたい:「探しものはすぐそばに。」 旭川冨貴堂(北海道旭川市)

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