• 「そばでよかった」 文・「蕎麦春秋」編集長 四方 洋

    2016年04月06日
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    日販 「日販通信」編集部
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    「蕎麦春秋」(季刊)は創刊して十年目に入ったが、休まずに続いている企画の一つに「JRで行くそばの旅」がある。基本はJRに乗って一泊二日、そばの盛んな地域を訪ね、七、八軒の店を食べ歩くというものである。お店にアポイントはとらない。ぶっつけ本番、店はあらかじめ土地のそば通にきいて入ることがあるが、ぶらぶら歩いて「よさそうだな」とお邪魔する場合もある。店のご主人にも取材はしない。お昼や夕方の忙しい時間に行くからムリなことが多いし、なによりも普段の対応、構えない姿勢に重点を置きたいからだ。もっともメニューを細かく書き写したりしているので「どちら様ですか」と問われることはある。そのときは改めていくつか質問するし、ご主人と雑談することがある。

    カメラを担当してくれる相棒と二人旅である。彼はそば好きであるだけでなく、「そばは別腹です」といいつつ、泰然と平らげる頼もしい男である。たとえ一日八軒になろうとも、せいろ一枚ずつなら完食できる。一方のライター役の当方は、三食が限度、四軒目になると「すまん、ギブアップ」と頭を下げ、それでもなにか注文する必要があるときは、ビールをコップ一杯程度、次の店では「かまぼこ」「焼きのり」などでお茶を濁す。誠に情けないが、齢八十である。かつての大食漢の胃だって、縮んでくるのだ。カメラマン氏は二十歳ほど年下だし、かの盛岡名物のわんこそば店で食べ放題百杯超の記録を打ち立てた人である。

    花巻のわんこそば大会の取材に行ったことがある。驚いたことに優勝者は三十代の女性であった。一児の母だったが、二度驚いたことにほっそりした女性であった。二百杯を軽く超えていたと記憶する。わんこそばは掛け声で景気づけしながら、店の女性がホイホイと一杯ずつ投げ込むのをポンポンと口に入れていく食べ方。スピードを兼ね備えた人が勝者になるが、男性は足元にも及ばない。すらりとした女性の胃袋はどうなっているのか。テレビに出てくる大食い番組の常連も細身の女性である。共通しているなにかがあるのだろう。

    そばによる地域おこしが一時期、日本列島をかけめぐった。有名なところでは北海道の幌加内町や、福島県の山都町(現在は合併して喜多方市)、富山県の利賀村(現在は南砺市)などがあるが、最近は関東の中核都市に行っても、そば屋さんが次々と出店し、しっかりした手打ちそばを出している。道を究めようと、自分のところで石臼を回し、自家製粉する。さらに畑を耕して、蕎麦の栽培をはじめる。種から吟味して、自分でまいて、刈入れ、製粉して、打って、茹でて、出す。まさにはじまりから終わりまで、自分の手で一貫作業を行って提供する店がある。どこの駅で降りても、そんなこだわり店が見つかるので楽しい。

    そば好きからは「食べ歩きできてうらやましいね」と言われる。もちろん楽しいばかりではないのだが……。函館に行ったときは友人が「自費参加で」と助っ人に来てくれた。北海道だから海産物がうまいと思ったのだろう。最初から天ぷらそばを頼んだのが間違い。なんせどんぶりからはみ出るくらい大きいエビが、三匹もついてきた。つぎの店も同様だ。彼はだんだんしゃべらなくなった。仕事の場合は、シンプルに食べはじめるべしか。

    信州大学の名誉教授がNHKの番組で、そばを五食食べる破目になった。そのとき「そばでよかった」と思ったらしい。その通り、もしフランス料理や中国料理だったら、二軒目まで行けたかどうか。教授の言葉には実感がこもっていた。


    リベラルタイム出版社「蕎麦春秋」編集長
    四方 洋―SHIKATA Hiroshi

    元サンデー毎日編集長。東邦大学教授、町田市民病院事業管理者等を歴任、「蕎麦春秋」創刊時から編集長。昨年八十歳にして『新聞のある町 ―地域ジャーナリズムの研究』(清水弘文堂書房)を出版。


    「蕎麦春秋」
    2007年創刊の日本そば専門誌。そば店の紹介だけでなく、生産農家、製粉所、消費者等、そばを取り巻く最新の情報を網羅する。季刊で、3・6・9・12月24日発売。
    3月24日に発売された「蕎麦春秋 vol.37」では、知れば常連になりたくなる、そば屋の美人女将を紹介している。

    蕎麦春秋 Vol.37 2016年 05月号
    著者:
    発売日:2016年03月24日
    発行所:リベラルタイム出版社
    価格:600円(税込)
    JANコード:4910135340567

    (「日販通信」2016年4月号「編集長雑記」より転載)

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