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「こどもの本のセレクトショップ」という道を選んだ、ある書店の姿|こどもの本屋 てんしん書房(東京都文京区)

2017年秋、東京・小石川に1軒の児童書専門店がオープンした。

「こどもの本屋 てんしん書房」――その名は、「こどもたちに天真爛漫に育ってほしい」と願って付けたものだという。

緑豊かな公園の目の前。店内にはやわらかな陽の光。素朴で木のぬくもりを感じさせる内装。やさしくあたたかい雰囲気が漂う20坪ほどの店舗だ。売場に並ぶ4300冊前後の児童書は、すべて店主の中藤智幹さんが1冊1冊に目を通して仕入れたもの。「こどもの本のセレクトショップ」が店のスタンスである。

児童書に日々向き合う中藤さんの想いと、開店から半年を迎えるお店の姿を取材した。

 

子どもたちに読んでもらいたい本だけを

てんしん書房は新刊配本を受けず、中藤さんが選んだ本のみを仕入れている。流行りのベストセラーはあえて扱わない。その選書基準はこうだ。

「自分が読んで心から良いと思った絵本を子どもたちに読んでもらいたい。昔から読み継がれてきたロングセラーなのか、最近の絵本なのかは関係ありません」

「また昨今は”大人のための絵本”も増えていますが、うちに置くのはあくまでも子どものための本です。子どもから何も引かない、何も足さない、子どもが子どもであることを加速させる、そんな絵本を置きたいと考えながら選書しています」

入口正面の平台は月変わりフェア。1月は〈パンダ〉、2月は〈歯みがき〉がテーマだった。

▼入口付近から見た店内店内中央の棚は、片面6つ、表裏で12のコーナーに区切られたカテゴリー別おすすめ本。ここも月1回のペースで変えている。取材時には〈ともだち〉〈のりもの〉〈おやすみ〉〈昔話・民話〉〈ようかい〉〈断面〉といったカテゴリーで絵本が集められていた。

その奥には作家別棚があり、壁面には日本作家の絵本や海外作家の絵本、読みもの、児童文庫、季節フェアの棚が順に並ぶ。

「売場構成を考えるとき、ジャンルのバランスにはかなり気を遣いました。読みものは多すぎず少なすぎず、海外絵本よりも日本の絵本の比率を多めに……というふうに。毎日来てくれるお客様を退屈させないよう、平台は週1回程度のペースで全部変えています」

▼フロアマップ内装にはきめ細やかな配慮がたくさん見られる。

通路はベビーカーが無理なく通れる幅。平台は子どもの目線に合わせてかなり低い。角にぶつかってケガをしないようにコーナーガードも付けられている。

窓の近くには、子どもたちが靴を脱いで絵本を読めるスペース。

緑豊かな周辺環境とも相まって、訪れた人の心を癒してくれるような居心地のよさがある。てんしん書房はそんな空間だ。

 

対面販売をポリシーに、お客様に合った絵本をおすすめする

ポリシーの一つが「対面販売」だという。

「来店されたお客様には、ほぼ必ず『何かお探しですか』と声をかけます。メイン客層が若いお母さんたちなので、絵本のことがよくわからない、どれを選べばよいか悩んでいるといった方が多いんです」

声をかければ、子どもの年齢や性別、プレゼントする絵本を探しているといった情報を聞かせてもらえます。そのリクエストに応えて、一人ひとりに合った絵本を『こんなのはいかがですか』と提示する。そういう対面販売が僕のやり方です。なぜそうするかと言えば、店に来てくれたお客様には満足して帰っていただきたいから。声をかけて『お構いなく』と言われることもあまりないので、うまくいってるのかなと思います」

平台やカテゴリー棚では、おすすめ絵本を常にアピール。そのうえで、接客を通じて1冊1冊の魅力を伝えていくというスタイルである。

「僕たちが思っているよりお客様は本を見ていないなと感じます。年齢別の棚もあるのに、『○歳向けの本はどれ?』とよく聞かれる。つまり、探し方や選び方がわからないお客様が多いんだと思います」

「人に本を選んでもらう楽しさは、自分では絶対に選ばないような本と出会えるところにあると思うんです。だからこちらから声をかけて、本との出会いを作ってあげないと。うちの店に来てくれた方には、いつもとは違った、そんな体験をしてもらってもいいんじゃないかなと思います」

積極的に営業して、大きな売上につながった絵本もある。赤ちゃん絵本『いっこ さんこ』だ。

「11月に20日間、『いっこ さんこ』の複製原画展を行ないました。僕はいつもお店に来てくれた子に絵本を読んであげるんですけど、『いっこ さんこ』はとてもキャッチーで読みやすい。原画展をやっていたときに来店された赤ちゃん連れのお母さんには必ず、『この絵本、いいですよ!』とおすすめしました」

「自信を持っておすすめできるいい絵本です。だからこそ売れたんだと思います。著者の100%ORANGEさんは大好きな作家さんで、原画展期間中はコーナーを作って『まる さんかく ぞう』『ねこのセーター』などの絵本も一緒に並べました」

 

地域の一員、子どもの居場所としての町の本屋

町の本屋としてすでに地域にすっかり溶け込んでいるようすがうかがえる。開店からまだ半年とは思えないくらいだ。

「ありがたいことに、最初からあたたかく受け入れてもらいました。地域に支えられている店だと思っています。だから地域の方との交流は大切にしていきたい。春には文京さくらまつりにあわせた商店会のスタンプラリーにも参加する予定です」

午前中から昼頃の時間帯に店を訪れるのは、主にベビーカーに赤ちゃんを乗せたお母さん。文教地区という地域性もあって、手遊びやお絵かき、音楽教室など未就学児向けの習い事の帰りに立ち寄る親子も多い。やがて午後の下校時間になると、小学生が次々に顔を出し、店は一気ににぎやかになる。

「この間、近所のお母さんに交番みたいだと言われました。学校の帰りに毎日寄ってくれる子たちがたくさんいて、『○○ちゃん見ませんでした?』『あっちに走って行きましたよ』『△△くんいませんか?』『ごはん食べに帰りましたよ』そんな会話を交わす場面がよくあるんです(笑)」

中藤さんの前職はフリーライター。書店開業を決心したのは、子どもと絵本が好きで、本の楽しさや素晴らしさを子どもに伝えたい、子どもに喜んでもらいたいとの思いが強かったからだという。

「新しいことを始めるのはやっぱり怖かったですよ。でも開店初日に、近所の子から『家の近くに本屋さんができてうれしいです』という手紙をもらったんです。この店を作ってよかったと思いました。それに、児童書出版社の方たちがすごく応援してくださるのを肌で感じています。その期待に応えられるよう頑張らないと。こういう場所はきっと求められていたんだろうなと思います」

てんしん書房は、中藤さんのふるさと神戸で長年愛された児童図書専門店「ひつじ書房」(2017年12月に閉店)の流れを受け継いだ店でもある。店主の平松二三代さんから贈られた色紙が、てんしん書房の毎日を店の一角で見守っている。

 

「子どもに特化した本屋」を貫く理由

てんしん書房のホームページには、こんな言葉が記されている。

〈てんしん書房ができること〉
こどもたちにとって、読書は鮮烈な体験です。
物語の世界の体験が喜びをもたらし、希望、生命への親しみ、尊敬といった心を育てるものであってほしいと考えています。
てんしん書房は良書と出会う、こどもたちが素晴らしい体験をするお手伝いをさせていただきます。
良い本を読んだ深い満足感は読書習慣につながり、豊かな人生にもつながるのではないでしょうか。
ひとりでも多くのこどもたちが本を好きになりますよう、てんしん書房は日々努力いたします。

だから中藤さんは、子どもたちの「おもしろかった」という一言に、何よりもやりがいを感じるという。

「『おもしろいから読んでみて』と渡した本をその子が買ってくれて、次の日の学校帰りに走ってきて『すごくおもしろかった!』と言ってくれたら、本当に幸せ。実は店を開くまで、今の子どもたちは本に全然興味を持たないんじゃないかと悲観していたんです。でも、みんな本が好きですごくうれしい」

「最初は1日1冊売れればいいかなくらいに思っていたけど、やってみたら結構いけるなと欲が出てきました(笑)。品揃えもどんどん理想に近づいているし、開店した時より確実にいい形になってきたと思います」

ネット書店は大人が効率的に本を買いたいときに使う場所であり、子どもには絵本の実物に触れられるリアルな書店が必要。それが中藤さんの持論でもある。

「町の本屋がなくなって一番困るのは子どもだと思います。何でもそうだけど、最初に犠牲になるのは弱者。本屋が減って出版業界が小さくなっていったら、最初に影響を受けるのは一番の弱者である子どもです。だから、うちくらいは子どもに特化したお店でありたい。そんなふうに思っています」

(2018年2月28日取材)

店舗紹介

てんしん書房(Tel.03-3830-0467)
〒112-0002 東京都文京区小石川5-20-7 1F
※営業時間 10:00 ~暗くなるまで
http://tenshin-shobo.com/
https://twitter.com/kodomo_honya

 


※本記事は、「日販通信」2018年4月号に掲載された「特集 児童書販売2018」の転載(一部編集)です。