• 「文庫X」と『殺人犯はそこにいる』が変えるもの

    2016年12月09日
    本屋を歩く
    さわや書店フェザン店 長江貴士
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    「この企画がなかったら絶対に手に取らない本だったけど、読めて良かった」
    「この本と出会わせてくれてありがとうございます」

    「文庫X」という売り方を企画した僕に向けて、そんな言葉を伝えようとしてくれる人がたくさんいた。驚いた。まさか、本を売って感謝されることがあるなんて、想像もしていなかったからだ。
    でも、感謝を向ける先は僕じゃない、という思いも、ずっと抱いていた。

    「文庫X」というのは、とある文庫本に手書きのオリジナルカバーを巻き、シュリンクした状態で販売する、という企画だ。店頭に並んでいる状態で、本のタイトルや著者名を知る術はない。本を買う前に分かることは、「税込で810円であること」「500ページを超える作品であること」「ノンフィクションであること」の3つだけ。この「文庫X」を、僕が勤めるさわや書店フェザン店の店頭で2016年7月21日から展開を始めた。そして当店だけで、同年12月9日までに5000冊を超える驚くべき売上を記録した。当店では、月に100冊も売れれば、月間の文庫売上げランキングで1位になる、と言えば、この売上の凄さが分かってもらえるだろうと思う。

    「文庫X」は少しずつ当店以外の書店にも広がっていき、最終的には47すべての都道府県の600を超える書店で「文庫X」が展開されることになった。様々なメディアで取り上げていただき、また、書店とは関係ない企業の研修で販売事例として取り上げられていた、という話も耳にすることがあった。本の表紙を隠して売る、という企画自体は「文庫X」の以前にも存在したが、「文庫X」はここまで広がり、ここまで多くの人に受け入れられたという意味で、様々な人に衝撃を与えたのではないか、と思っている。

    12月9日。当初から予告していた通り、さわや書店フェザン店が企画した「文庫X開き」というイベントの中で、「文庫X」のタイトルが明らかにされた。清水潔『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)である。

    殺人犯はそこにいる
    著者:清水潔
    発売日:2016年06月
    発行所:新潮社
    価格:810円(税込)
    ISBNコード:9784101492223

    この本じゃなかったら、「文庫X」がここまで広まることはなかっただろうと思う。『殺人犯はそこにいる』という作品はそれ程の力を持っているのだ。

    ツイッターや検索サイトで、「文庫X」や「殺人犯はそこにいる」というキーワードで検索してみてほしい。「文庫X」を読んでくれた方に向けて、12月9日のタイトル解禁と同時に、これまで敢えて触れずにいてくれた『殺人犯はそこにいる』の内容や読後感を一斉にツイートして欲しい、とお願いをした。きっと、多くの感想が投稿されていることだろうと思う。

    「文庫X」という企画は、ネタバレがほとんどなかった、という意味でも驚異的だった。

    SNSやブログで誰でも自分の考えを発信できる時代に、暗黙の了解だけで皆、「文庫X」の中身を明かさずにいてくれた。当店から「中身をバラさないで欲しい」というお願いをしたことはただの一度もない。「文庫X」を読んでいない方が、ネット上に上がっていたバーコードの写真からタイトルを調べてネタバレをした、という事例はあっても、「文庫X」を買って読んでくれた方が中身を明かすというケースはほとんどなかった。

    それは、『殺人犯はそこにいる』という作品が持つ圧倒的な力のお陰だ、と僕は考えている。

    「文庫X」を読んでくれた方は、一様にこう考えたのだと思う。

    「この作品は広く読まれるべきだ。でも確かに、表紙が見えている状態では手に取りにくい。『文庫X』という企画のまま広まる方が、より多くの人に届くだろう」

    多くの人がこう考えたことが、ネタバレがほとんどなかった理由だと僕は考えている。「広く読まれるべき作品ではない」と思われたら、その瞬間にネタバレされていただろう。ネタバレがほとんどなかったという事実がそのまま、『殺人犯はそこにいる』という作品が持つ力を証明している、と言っていいだろう。

    手には取りづらい。でも、読んでくれさえすれば、読んで良かったと思えるし周囲の人にも全力で勧めたくなる。『殺人犯はそこにいる』はまさにそういう作品であり、そういう作品だからこそ「文庫X」という企画にピタッとはまったのだ。

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